さて、前回の続き、というか
前回のことは読まなくても大丈夫。
「自分を信じるとはどういうことか」
を身をもって知った話です。
私はオーストラリアに帰る前、結婚できない、彼氏ができない、できても幸せになれない女性を対象にしたセミナーに参加しました。
その時、(厳密に言うと、セミナーに参加するまでもなく、セミナー講師の方の
ブログを1ページ読んだだけで、私にはわかっちゃったんですが)
「自分を大切にするということが、自分の人生を切り開いていくのだ」ということに
気づいたのです。というより、
さんざん言われ続け、もはやありふれた言葉となってしまった「自分を大切にする」とは実際はどういうことか、やっとわかったのでした。
自分を大切にする、というのはたくさんありますが、
特に、私が私のためにしてこなかったこと。
それは「私の味方になる」ということでした。
私は常に、私の敵だったわけです。
いつもいつも、自分を責めていたのですから、
敵も敵、ものすごい敵です。
そして、自分を大切にすれば、自分を大切にしてくれる男性が現れるのだ、と、
やっと心の底から納得できたのでした。
現実は心の映し鏡です。
他人は自分が自分をどう扱っているかを見せてくれるのです。
自分を大切にするとは、>自分の感情を大切にする、ということに
他なりません。
そしてそれが、「自分を信じる」とはどういうことか、
という答えになります。
自分を信じるというのは、自分のその時の感情を大切にし、それを指針にして行動するということ。
他人がああ言ったから、こう言ったから、という話ではないのです。
他人にとって真実でも、自分にとって真実ではないことが多いのです。
言ってみれば、人の数だけ真実があるのですから。
さて、前回、本当に書きたかったことの続き。
この素敵なご夫婦、私が背負っていたらしいネガティブエネルギーも払拭してくださったチャネラーの奥様、そして勉強熱心でオルゴナイトもいくつも作っちゃうアーティスティックな旦那様。
このお二人が、よく行くという集会に、「実は明日、日曜にあるんですよ、行ってみますか?」
と誘われたのです。
「色んな人に会えるし、皆、スピリチュアルに目覚めて、でもなかなか話せる人も周りにいない、そんな人達の集まりなんですよ。いろんなことを教えてもらえますよ。人種とかなんかで差別する人も全然いないし」と……。
英語のパンフもいただきました。
しかも、どうやって行くのか、わざわざスマホで検索してくれる優しさ。
く~。
ここで「行く気しないです」
とは言えない……。
そう、話を聞いたとき、そして「年配の人が多いけど、果凜さんぐらいの人もいますよ。(ちなみに旦那さんと私は同い年でした。どこまで似た者で引き合ってるんだ)それに、
このフラットに住んでる人もいるんですよ、偶然!帰りは送ってもらえるんじゃないですか」
と旦那さんが仰った時、英語のパンフを見た時、
私には、いやな予感しかしなかった。
一瞬、(もしかしてこういうところで出会いあるかも?食わず嫌いはよくない!)と
思ったし、パンフのお題に
「未来の作り方」というセミナーもあるようだったので、そっちは興味あったんです。
でも、でもでもやっぱり、その時の私の気持ちは……
つまんなさそう~
多分、こういう会だよ。(……と私の頭の中には想像がついた。その日はクリスマスパーティだそうだが……、オーストラリアの非営利団体のクリスマスパーティ……大体こんな感じでしょ、と全部想像できてしまった)
しかも、場所が超~~遠い!
バス二回乗り換えぐらいです。
そして、バスは時間通り来ない、それがオーストラリア。
行きは一時間10分ぐらいでやっと到着。
ちょっと待って、私は滋賀から、京都まで新快速で一時間二十分ぐらいで行ってたんだよ?
で、ここからそこまで、車だと三十分もかからない場所へ、公共交通機関を使って一時間十分ですか。
ありえな~い!!!!
しかし親切な旦那さんは、
「ダウジングをやるかもしれないから、これお貸しします」とペンジュラムを渡してくださいました。
彼らは土曜に日本に発ち、日曜はいません。
私が留守を任されているとは言っても、短期で私の後に入居してくる女の子がいて、
フラットで一人で過ごせるのは日曜から五日間のみ。でも月曜からなんだかんだと
人に会う予定が入っていて、ゆっくりできるのは日曜だけ。
私は本当は、一人っきりになれる日曜を、心待ちにしていたんです。
本を読んだり、DVDを見たり、ブログを書いたり、小説を書いたり、
とにかく自分の好きなことを思いっきりする一日を。
……と今ならそうだったんだ、と断言できますが、その時の自分の心持ちは
もっと漠然としたものでした。
(でもまあ、ここまで親切に勧めてくれるし、お二人とは話が盛り上がったし、ここは行っとくかな。まだ私の休みは続くわけだし)
……と妥協したのが運のつき。
行きましたよ、頑張ってバスを乗り換えて。正確に言うとライトレール⇒バス⇒もう一つバスというありえない乗り換え。
そして、結局その集会で得たものは……
何もなかった。
シンギングボウルの説明とシンギングボウルで瞑想っていうのはやりましたけど。
たった一時間半ほどで終わりました。
もう一人のセミナー講師のはずの人(たぶん、未来の作り方の講師ね)は来られない、
とあっさりアナウンスされ。
私、呆然。
皆は、シンギングボウルが終わった後、持ち寄りのお菓子やケーキに突進。
お世辞にも美味しそうには見えません。お茶だって美味いお茶なんかないしさ。奇妙な
フレーバー付けの自称グリーンティーとかさ。(おっと愚痴は禁物)
行きはよいよい、帰りは怖い。
行きは何とか、一時間十分で行けたものの、
帰りはどれだけ時間かかったんだろう???二時間ぐらい?
三時間?
とにかく、何とか家にたどり着いた私は、自分が完璧に日曜を無駄にしてしまったことに
気づいて脱力感で一杯でした。
だから、何で行ったのよ?
だって、だってご夫婦いい人達だし、
色々良くしていただいて、
同じ興味の持ち主で、
善意で勧めていただいて、
いくらつまんなそう、って思っても、
まさか本当につまんないとは、思わなかったんだもん!
ああーまただ~!!!
また、自分の勘を頼りにせず、他人の言うことを聞いてしまった!
しかも彼らとは、もう実質会わないかもしれないのに!
義理立てなんかしなくて良かったのに!!
どうして自分の直感を信じなかったんだ、馬鹿馬鹿馬鹿~!!!
この話を、私のオーストラリアのメンターである、オーラの見える指圧師Nさんに
話したところ。
「だから、あなたは自分を信じるということがわかったと言いながら、実際、行動できていないのよ。あなたは試されたのよ」
試されたって誰に試されたんでしょうか。
オーラの見える指圧師、Nさんは(ちょっとくどいな)、私に
「そんなの、行ったことにすりゃ良かったのよ、シンギングボウルなんて、くだらない」
と一刀両断。
「そんなのできません」と言うと、
「『わかりました、でも私って頑固なんで、じっくり考えて決めますね』とでも言っとけばよかったのよ」と……。
Nさんは、すごいヒーラーさんなんですが、衣装はロックンローラーで、
基本、いい人に思われたくないんだそうです。
いい人ではなく、正直な人、と思われたいし、そうありたいと。
私にも「いい人と思われないように振舞いたまえ」というアドバイスでした。
自分を信じるというのは、そういうことなんですよね。
しかし、ちなみに、その後も、また同じく行きたくないのに別のお誘いがあり、
また頑張って行ってしまい、自分の時間を無駄にしてしまいました。
試され続け、しくじり続ける私。
皆さんは、そういうことないですか?
わかっているのに、乗り気しないのに、他人に言われたから自分の意思でなく
他人の言うことを優先してしまう。
でも本当は、本当の本当は、自分を優先していいんです。
あなたは優しすぎるから、他人の気持ちを思いやりすぎるから、
他人の言うことを聞いてしまうんです。
いや、そうじゃない、本当は自分に自信がないから?
そう思いますか?
そういう人もいるかもしれません。
でも、よく考えてみてください。
それって、自分の考えや感情を、後回しにするようにって
教わってきたからではないですか?
自信がないのではなく、
「そうするべきだ」と親やその他のオトナから、抵抗できない子供の時に
行動パターンを植えつけられてしまったからなんです。
「そうするもんだ」と思い込んでしまったパターンなだけなんです。
そして、自分のことはいいから、人を喜ばせたい、というあなたの
純粋な気持ちが、自分をないがしろにするという行動を
起こさせてしまっているだけなんですよ。
これは単なるパターン。
条件反射。
だったら絶対、変えられます。
気づいたら、変えられるんです。
(でも何度もお試しはやってきます)
だから、これからは、他人でなく、まず、自分の心の声を聞いてください。
ほんの少しの、ほんの数秒のささやかな小さな声、あっという間に消えてなくなってしまう声。
それが真実の声です。
あなたの感情が、一番大切です。
もし迷ったら、自分優先にしてください。
私のようにしくじったら、また反省してやり直せば構いません。
そうやって少しずつ、自分を信じていきましょう。
その先に何があるか、自分で確かめましょう。
もう何万回も、他人の言うとおりにしてきて、失敗ばかりの結末を、見飽きているはずです。
今度こそ、自分の言うことを聞いて、
どんな結末になるか、楽しみに、見てみましょう。
読んでいただいて、本当にありがとうございました。