※当記事内に出てくる憩いのタバコ屋さん

 

 

先週、仕事が終わって自宅近くのタバコ屋の喫煙所で帰宅前の一服を味わっていた時の話。長文ですがご容赦ください。

そのタバコ屋は対面販売用のガラス窓付カウンターを備えている昔ながらの小さなお店であり、併設されている喫煙スペースはスモールなエリア。そのため喫煙する人が複数人いると自然と人との距離が近くなる。

この日も喫煙所に先客(男性)が一人いたが特に気に留めず、灰皿の近くに陣取りお気に入りのラークに火をつけ、その日の疲れを吐き出していたところで先客の男性が何やらおれに話しかけてきた。

何やら、と書いたのは、その時おれはイヤホンで音楽を聴いていたため内容が分からなかったからだ。
(ちなみに耳の中ではDragon Ashの「Iceman」が爆音で流れていた。彼らの初期のころのパンク・メロコアテイストの名曲だ。この補足はいらないかも笑)

反射的に、火でも借りたいのかな、と考えたが、おれより先に喫煙所にいたことを思い出し、ライターを持たずに後発の喫煙者を待つなんてことは可能性として低いだろうと思い至る。


わざわざイヤホンをしている他人に話しかける用件とは何だろう、と
興味と身構えの気持ちを備え、ゆっくりとイヤホンを取り「何?」と表情で訊いた。

すると、想定外の言葉が彼の口から放たれた。

「出身はどちらですか?」

刹那、思考はフリーズした。

……なんだ?意図がよく分からないぞ。
フリーズを解除しつつ返答をする前に、彼の様子を観察する。

年は……俺と近いくらいの年齢か?
少なくとも成人してから二桁年数は確実に経過しているだろう。いい歳だ。

服装は…全体的にお洒落さより機能性に重きを置く主義のようだ。
特に防寒目的のみに被っていると思われる黒いニット帽が、暖かそうだがスタイリッシュさからは離れた印象になってしまっている。

顔面を観察する。
寒さもあってか鼻の下に鼻水が浮いている。

警戒度が少し上がる。

ただ、質問を投げかけたその表情に悪意は読み取れず、少々迷ったが一旦は素直にやり取りをすることにした。

「東京の隣の山梨です」

わざわざ“東京の隣”と添えたのは稀に都内にいながら山梨県の場所を把握していない人がいるからだ。

山梨出身のおれからすると、そんな人に遭遇した際は、関東近県マップを片手に「見てください!山梨は天下の東京に隣接していまぁーす!」と叫びたくなる。しかし、山梨県の位置の認知度はそんなものだろう、という諦観もあるので相手に恥をかかせぬよう、また余計ながっかり感を味合わぬよう自然と出身地を言う場面では先行して補足情報を付加している。

だが、この謎の男性は、この点において好反応を示す。

「山梨ですか、いいところですよね。甲府の方ですか?」

おお、山梨を知ってくれているのか。言葉が自然と繋がる。

「甲府の近くです。二つ隣の市の南アルプス市っていうところなんですけど」
「ああ。北岳のあるところですね」
「そうですそうです!よくご存じで」
「登山が好きで山梨には何度か行っていて。春頃には大菩薩峠に行く予定なんです」
「ああ、大菩薩峠ですか。もし峡東のほうに寄るならほったらかし温泉やフルーツ公園なんかもお勧めですよ」

と、地元を知っているどころか何度か足を運んでくれていることが分かり、嬉しさから、訊かれてもいないのに山梨のエセ観光大使よろしくお勧めスポットを挙げていた。

ふと我に返り、相手の素性が気になりこちらも質問を投げてみた。

「ご出身はどちらなんですか?」
「栃木です」
「栃木ですか。宇都宮とか?」
「あー、もう少し南のほうですね」
「なるほどぉ」

なるほどぉ、と返したがやばい、栃木についての情報がおれの中には少ない。何がなるほどだ、何もなるほどってない。おれのバカ!

ここは視点を変えて。

「宇都宮には餃子を食べに訪れたことがあります。あ、あとその時に佐野市に寄って佐野ラーメンも食べたな」
「ああ、佐野ラーメン。地元は佐野市に近いですね。佐野ラーメンはどこで食べました」
「確か〇〇っていう、わりと観光客向けな印象のお店でした」
「あぁ、〇〇。そこ、当たりですよ。観光客向けでもおいしいところはおいしいし、地場のお客さん向けにやっているところでもハズレはありますしね」
「そうなんだ、うん、でもおいしかった記憶があります」

ラーメンは国境、もとい県境を越える。この時確信したね。

と、おれは何とか彼と同程度、相手の地元情報に触れる、ということをやってのけたつもりだったが、しかしおれの栃木の地理情報が貧相なことを慮ってか、

「日光なんかは行ったことないですか?」

と投げかけてきた。


ナイス。非常に優秀なクエスチョンだよ、きみぃ。

「あ、そういえば日光も栃木でしたね。ありますあります。東照宮、行きました。鬼怒川温泉に泊まりました」
「あー鬼怒川温泉。ありがとうございます」
「いえいえ。でもこないだネットで鬼怒川温泉って 今結構廃れちゃってるみたいな記事を見たんですけど、そうなんですか?」
「いやー、どうだろう。確かに一時期よりは賑わいはありませんけど
最近はインバウンドのお客さんが結構戻って来ているみたいですよ」

ネットの記事と地元の彼の情報と、どちらが精度があるのかは不明だが、前向きな状況もあるらしい、ということが分かっただけでもよかった。

と、気付けば正体不明な男性とタバコを燻らせながら数分ほど会話をしていた。

お互いの地元トークが終わり、アイスブレイクも終わったところで
おれは彼に対してもう少しリアルな素性と状況を訊いてみた。
彼は特に嫌な顔をせず応えてくれた。

・自分は今現在も栃木で暮らしており、妹が東京の大塚に住んでいる
・妹は現在海外出張しているため、妹の部屋を宿として東京観光に来ている
・東京には憧れがあった。(おれが)大塚で一人暮らししているのはすごいし羨ましい


という主旨のことを語ってくれた。
話を聴きながら、この名も知らぬ同年代ほどの男性の地元や家族のことを少し想像し、そして誘発的に自分の地元や家族のことも想った。いい時間だった。

最初声をかけられた時に警戒心を持ったことに気遅れを感じた。
慎重さは勿論大事なんだけどね。話したら純朴ないい人だった。

自分の中のお詫びとして、こちらも訊かれてはいないけど、
「もし、飲みに行くのなら南口のサンモールか北口の線路沿いの店が
いい店が多いですよ。もしよければ」
と伝えて喫煙所を後にした。
晩酌をするタイプかは分からないが何か彼に報いたい気持ちだった。


自宅に向かいながら、唐突だった他愛なく心地よい先ほどのやり取りを思い返し、喫煙所に訪れた時より足取りと気持ちが軽くなっていることを自覚した。


日常の中の小さな非日常。あるいは小さな幸せ、とも。


話が少し逸れるんだけどおれは瓶のラムネがすごく好きで。童心を蘇らす、あの爽やかなラムネの味にキメ細やかな炭酸が混じって素晴らしい清涼感になっていて。

けどラムネって日常的にはあまり飲まないじゃん?
飲み物単価としては少々割高だし、蓋開けるの下手くそだと手も汚れてべとべとするし、瓶とか片づけるのも面倒だし。

そんなコスパの悪いあの飲み物は夏祭りとか避暑地とか夏の観光地とか海とか、非日常の楽しさや気分を増幅させる贅沢な飲み物なんだよね。

そんなラムネを、特になんの変哲も無い日にわざわざスーパーで
買ってきて、ちびちびやりながら煙草を吸うのにハマっていた時期があった。「日常の中の清涼感だー」って。

大分長い文になってしまったが、栃木から来た彼との会話で、日常のなかの小さな幸せに意識的だった頃を思い出したわけです。


小さな幸せを大事に出来るアンテナと、その実感の積み重ねが大きな幸せの形を変えることもあるだろうな。


ということでみなさん、ラムネを日常的に飲みましょう笑


最後までお読みくださりありがとうございました!