会社を辞めた「品格のあるWEBマーケッター」を目指す男 -5ページ目


じるということ

こんばんは。syoです。

明けましておめでとうございます!
あなたにとって、幸せな2015年でありますように…



「信じる」というのは「自分を疑わないこと」。


他人や、物や「低リスクなものを信用して投資する」こととは
、違う。

ましてや、見返りを期待する?ようなことではない
だからリスク?など存在するわけがないのよね。


だって、
自分の目が見たもの
自分の体が感じたこと
は、疑いようがないですよね?


それから、「信じる」ということは
「身投げ」することにも似ている。

「信じたこと」というのは、
なんというか、海みたいなもの。


崖から身投げすれば、大きく、深く、必ず、受け止めてくれる。

たとえ水が冷たく感じたときも、
水面に打ち付けた身体が痛むときも、
もうそのときには、海の一部。


そして、「信じる」というのは、信じたその瞬間に、
先のストーリーまでをも現実にすること。


だから私たちは皆、未来のことを、もう知っていて。
私などでも「見た絵」が現実になり続けているもの。

あの仕事をしたことも、あの本を書いたことも、あの人と出会ったことも。
みんな、知っていたから。
道の途中で、何を失っても、どんな痛みも、
何も、恐れることはなかったんだと。


だから僕たちは、この先のことも、疑いようがない。
けど、頭で言い聞かせたり、目標?みたいに掲げただけでは、
何も成らない。

信じたときには、
何も怖くないから。

信じたときには、
何も疑わないから。


確かめるような行為も
追いかけるような行為も
不必要だから。


信じたときには、
ポジティブな思考も
イメージング?も
何も要らないから。

「時間の流れは、逆」。

ただ、瞬間的に、何の理由もなく、
心の底から「信じる」ようになるには、
散々「疑う」ことの無意味を思い知ることも、要るみたいだ。