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ロシマヤンのブログ

心理学の知識を元に、人間の生き方や社会のあり方について

自分なりにいろいろ考えていきたいと思っています。

感想など、コメントいただけると幸いです。

ゾハナ病(前編)

ここから勝 第4章『鳴海乱心』の本編です。戦いが終わったのもつかの間、勝が診療所の先生に泣きそうになりながら自分のせいで診療所が壊されてしまうし、みんなも危険になってしまって申し訳ないと謝っていると鳴海の発作が出始めます。

 

鳴海にしてみたら誰かが笑って入れくれないと呼吸困難に陥るため、勝が泣いているなんてこれ以上ない困ったシチュエーションです。

 

まず・・・泣くのをやめるんだよ。そして笑え・・・!

 

発作が始まっているため息ができずにいる鳴海はかなり無理なことを勝に迫ります。言っていること自体は確かに間違えていないのですが、この時の状況と鳴海の極端な表情、そして完全に自分の都合でしかない最後のセリフはコミカルを極めていますね。

 

そして第3に…おめーが笑わねーとオレがしんじまうんだよ!

 

世界中の子供たちが笑っていてくれないと死ぬほど苦しみ、まともに息もできない。そう、それがこの物語序盤における鳴海の存在証明、アイデンティティなんです。ゾハナ病はみごとに鳴海の物語における役割と直接にかかわっていたんですね。

 

中盤以降、しろがね化した鳴海はゾハナ病を克服するわけですが、子供たちの笑顔のためにサーカスのバイトをしていた第1部とは打って変わり、ピエロのマスクをつけた自身をデモン(悪魔)と評します。ゾハナ病を克服できた鳴海は誰かを笑わすという役割をなくし、代わりに泣き悲しむ子供たちのために怒り狂うデモンへと変わっていくのです。さらには記憶障害や、仲間のしろがね達の死と彼らの人生を背負いこんでしまうことで、人格はどんどん荒んでいきます。

 

これもだいぶ先のことですが、鳴海の最終戦、最後の自動人形に教会で追い込まれるエレオノールの救出において、赤ん坊を抱きかかえながら瀕死の神父はエレオノールを天使を形容し、そこに駆け付けた鳴海はデモンと表現されるのですが、実はロシマヤン、この辺の描写にいささか物足りなさを感じています。というのも鳴海の存在証明はだれかを笑わせるピエロであり、もちろんエンディングではしっかりサーカスしているわけですが、デモンとしての鳴海とピエロとしての鳴海をうまく織り交ぜて、両方を行き来し自身のアイデンティティに揺れる鳴海を描くことができれば、もっとマンガに深みが増したと思っています。

 

もっとも後半になればなるほど、勝に主眼が置かれているのでそうそう鳴海にばかりかまけてもいられない連載事情があったのかもしれませんが、マンガの面白さって考えだすとほんときりがないですよね。

 

たとえば『ベルセルク』の主人公ガッツなんて、ただの戦闘狂というか暴力主義者として、どれだけボロボロになってもとにかく大剣をふるって敵をなぎ倒していくわけですが、それでいて義父とのわだかまり、仲間たちとの交流、親友の裏切り、仲間と恋人の壮絶な喪失体験など根底にあるものがしっかりと描かれているじゃないですか。そして新しい仲間たちとの出会いや、恋人を少しずつ取り戻していったり、実は暗い牢屋の中でわずかに差す光を頼りに咲いた一輪の花の妖精さんの優しさに心打たれている番外編がリリースされていたりしますよね。

 

http://www.younganimal.com/berserk/comics/

 

無頼漢でありながら実は心優しい戦士でもあるとわかります。ベルセルクの世界は連載当初はカニバリズムや狂気じみた暴力をテーマに据えてましたが、主人公の過去編を経て一気にテーマが複雑化し、今なお真のテーマは何なのかまったく底を見せません。奥深さとしっかりと書き込まれる絵も大切ですが作者の存命中に完結するのだろうかと、ロシマヤンはとても心配しています。

 

ここで『からくりサーカス』のお話に戻りましょう。

 

勝が笑っていないと鳴海が死んでしまうという話から、診療所の先生は鳴海がゾハナ病を発症してしまったことに気が付き、ゾハナ病の説明が始まります。要するに周りにいる人たちが笑っていてくれないと、呼吸困難が起き死ぬほど苦しむ病気なんですよね。

 

コミカルなのは鳴海がゾハナ病であるとわかると、エレオノールがまさるを抱えて走り出し、過保護な手洗いとうがいを実施します。相も変わらず勝が大事なんです。

 

 

だたこのシーンはしろがねの設定として微妙だと感じています。しろがねであるエレオノールはゾハナ病に深い知見を有しているはずです。特に第3部ではゾハナ病が広がるのを防ぐためにエレオノールは勝に自分の血を飲ませています。

 

ただ診療所の先生が

 

他者の副交感神経系の優位状態認識における生理機能影響症…ゾハナ病か!

 

こう述べるタイミングで勝を抱え上げ流しで手洗いとうがいをさせているため、ゾハナ病であると認識する直前の「…」のタイミングで過保護モードになっていると理解できなくもないですが、やはりロシマヤンはこのシーンは描き方にもうすこし工夫してほしかったなと思っています。エレオノールはゾハナ病に対する深い知見を持ち合わせているだけでなく、自覚こそないけれどゾハナ病を完治させるキーマンでもあるのですから、たとえばゾハナ病と聞いた瞬間、いかにも何か知っているんだけど何も知らないふりをしている表情を浮かべるとか、もっと含みを持たせてほしかったですね。