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ロシマヤンのブログ

心理学の知識を元に、人間の生き方や社会のあり方について

自分なりにいろいろ考えていきたいと思っています。

感想など、コメントいただけると幸いです。

ゾハナ病(後編)

コミカルな演出の第4幕ではありますが、ゾハナ病をめぐりやり取りで欠かせないのが次のシーンです。

 

鳴海がゾハナ病の発作を起こしており、勝が笑いたくても笑えるような心境ではないため、診療の序の先生はエレオノールに笑ってやってくれと依頼するのですが

 

私は昔から…あまり笑うことがなかったので……

 

と述べるしろがね・エレオノールの表情と、この時の背景の左上だがわずかに白で右下に行くほど黒く塗りつぶされているのが素晴らしい描画だと感じました。

 

まずロシマヤンが細々と学んでいた心理学の知識の中には空間象徴というものがあります。絵を描いてもらう心理テストなどの分析に使われるんですけど、平面図を十字に区切ると、右側ほど社会的な、左側ほど内面的なテーマが現れやすく中央は自分自身の中心テーマが表現されやすいとされています。

 

たしかにこの時のエレオノールのコマの配置は中央よりも左側、悲しそうな表情の背景に内面的なテーマが隠されていることの暗示と言えます。

 

また上下に分析すると、下側ほど過去、上側ほど将来のような時間感覚が表現されることがあります。

 

そのため左上は精神的、哲学的テーマが表現されやすく、悲しそうなエレオノールの背景が左上だけわずかに明るいことは、もしかしたら彼女の内面深くに直面する問題があり、彼女はそのために右側、つまり社会的なつながりが何もなく、しかもこれまでの成育歴、左下にも明るい材料が何もないことを示唆しているように見えるのです。

 

このようにマンガの奥深さには心理学や哲学的な裏付けがしっかりあるんだとロシマヤンは勝手に思っています。

 

たしかにエレオノールの特殊な出生と成育歴を考えると、彼女は精神的に非常に難しい状態にあり、一人の女性として成熟した自我をまだ持ち得ていません。これから自己の内面としっかりと向き合い、精神的なテーマを昇華させていくのだろうなとこの時点で含みを持たせていたとしたら、作者藤田はやはりすばらしいです。

 

もっともマンガ家がここまで理論的に絵を描いているというよりも、センスとか才能のようなもので、カッコよさや奥深さを追求しているんだろうとは思いますが…。

 

話をマンガに戻します。

 

騒ぎをききつけて警察がやってくるのですが、笑いもしないお巡りさんたちの取り調べに付き合っていられない鳴海はその場から退散します。

 

放ってはおけないからと追いかけようとする勝と、勝を警察に保護することを優先して、鳴海のことは放っておこうとする冷静に諭すエレオノールのやりとりもまたすばらしいですね。

 

この時はまだエレオノールはやはりまだ人形のような心のまま、勝を守ることで暖かな心を持つ人としてふるまえるようになりたいと願っていながら、勝を守ること以外眼中にないあまり優しくない人でいるわけです。

 

これに対して勝の返しがすばらしいです。自分には何もできないけれど、でもお世話になったからにはなにかお返ししたいよねと自信はないながらも優しそうな笑顔を浮かべます。

 

 

この優しい表情と、わずかに顔に影がかかっている演出が憎いと思いませんか。なぜここで笑顔に似合う一番きらきらした色彩を持ってこないのかと疑問に思います。でもこの笑顔にはちゃんと続きあるのです。それは勝 第4幕 鳴海乱心「真夜中のコンビニ」にお話しします。

 

鳴海を追いかけて病院を出ていく勝をエレオノールもアルルカンのケースを持って出ていこうとすると先生が

 

なるべく早いトコ警察に行きな、あの子は…いい子だ。

 

と彼女に伝えます。この時のエレオノールは一瞬呆けた表情をして、背景が暗転します。直後、めるしぃ、ありがとうと返すエレオノールのかすかな笑みがまた素晴らしいのです。

 

 

 

勝を気にかけてもらえる。勝をほめてもらえる。いまのエレオノールにとってはこれ以上ない大切なことなんです。

 

小さな黒く暗転した背景の一コマが直後の白の背景のコマをより際立たせているように感じました。エレオノールにしてみたら、はじめてだれかが大切な勝のことをほめてくれた瞬間ですし、はじめて大切な子供への思いを誰かと共有できた時でもあるのです。

 

もちろん鳴海も勝を気遣って、雨の中エレオノールと勝を追いかけてくれたりしたわけですが、残念ながらエレオノールに肯定的な態度ではなく、むしろ彼女の不手際をするどく指摘してしまっていましたよね。

 

だからこうして診療所の先生と勝に対する愛情を共感できたことは彼女の内面にちょっとした変化をもたらしたのです。それが直後の白背景の笑顔の描写でしょう。

 

物語の中盤以降詳しくはわかってくるのですが、愛を理解し女性性を獲得し、心の底から愛情豊かな笑顔を浮かべられるようになる心理的な発達が、エレオノールの劇中における大切な存在証明になっていたんだなとロシマヤンは理解しています。

 

勝の保護者として過剰に過保護に接するのは、まだ愛情をどう表現すればいいのか、エレオノール自身がわかっていないからであり、そして保護者にとって我が子を気にかけてほめてもらえることはとてもうれしいことですよね。愛を少しだけ理解し、かすかにだけど笑えるようになったそんな瞬間だったのではないでしょうか。