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ロシマヤンのブログ

心理学の知識を元に、人間の生き方や社会のあり方について

自分なりにいろいろ考えていきたいと思っています。

感想など、コメントいただけると幸いです。

真夜中のコンビニ

 

ゾハナ病の発作から逃れるため診療所を抜け出したもののもう夜、鳴海はだれかを見つけて笑ってもらわなければいけないわけですが、そもそも人通りがありません。

 

そこでコンビニを見つけて、息ができない苦しさに我を忘れた鳴海は店員やお店の客の前で完全に変質者となってしまいます。

 

第4幕のコミカルここに極まれりですね。鳴海のご乱心ぷりを強調しているんでしょうけれど、きちがいっぷりがコマをはみ出してしまっています。

 

 

吉本の新喜劇ではないのですが、やっぱり面白さを演出したいときってこのくらい極端なことをやったほうがわかりやすいでしょうね。

 

たとえばBLEACHって基本的な絵面はこんな感じでシリアスなバトルと魅力的なたくさんのかっこいいサブキャラたちがだったんでよね。

 

 

でも一方で戦闘以外の日常シーンではちゃんとマスコットキャラクターがいて、かっこいいバトルとは縁遠いコミカルな描写を見せてくれます。

 

 

エレオノールの曲芸を活かした蹴りをうけて我に返り情けなく小さくなってしまった鳴海は、これでもかというくらいに小さくデフォルメされ涙を浮かべています。背景でコンビニのお客さんが助かったと抱き合っているのが対照的ですね。

 

 

こういうメリハリもマンガに限らず演出の大切さです。そして『からくりサーカス』の演出として、この第4幕におけるもっとも素晴らしいのが次のページです。

 

 

鳴海、勝、エレオノールが3人で協力して(?)居合わせた人々に寸劇を披露しみんなに大いに受けています。

 

本作品におけるエレオノールと鳴海の初めての(運よく)うまくいった連係プレイとなりました。

 

また演じる二人と、二人の演技を受けて中央で屈託なく笑う勝の構図もあとから非常に大事な意味を持ちます。

 

この物語の鍵である二人の兄弟と一人の女性を象徴しているんですよね。

 

この3人で笑える構図をいかに作り出していくのか、それが後半の勝の大事な心理的な課題なんですが、それはまたおいおい、今はとにかくこの安心して読んでいられるシーンがとても深い意味合いを持って描かれていたんだということだけお伝えしておきます。