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ロシマヤンのブログ

心理学の知識を元に、人間の生き方や社会のあり方について

自分なりにいろいろ考えていきたいと思っています。

感想など、コメントいただけると幸いです。

第4幕に続いて、今回の第5幕も物語のつなぎ的な位置づけのお話です。前回から伝えている通り、この日が勝、エレオノール、そして鳴海の3人が出会った最初の日であり、唯一の3人で共に過ごした日です。この夜ですら第6幕で誘拐組が現れ勝は連れ去られてしまうんですけどね。

 

ロシマヤンがこの漫画を読み返していて(コンビニのリミックス版で恐縮ですが…)、第4幕に続きつなぎでしかないにもかかわらず、軽めの下ネタと少年漫画にお決まりのお色気シーンをちびばめながら(笑)、第5幕と第6幕には3人のキャラクター背景を知るうえで重要な描写、説明がさりげなくも多々あり、3人についてのいろんな伏線になっていたことがわかる回ですね。

勝の身の上

病院を出てから3人はコンビニで買い物を済ませ鳴海の家に着きました。買ってきた材料でエレオノールは夕食の支度をしています。鳴海は何か手伝おうとしますが、相変わらずクールなエレオノールは手伝いはいらないと断り、さらに鳴海のことを異常なほどのおせっかいであると評します。

 

勝を守ることだけが今のエレオノールにとっては生きがいです。それは後々ちゃんとわかることですが、エレオノールにとっても真剣な願いをかなえるため、何としても一人で勝を守り通そうとしているのがこの時のエレオノールなんです。

 

そんなエレオノールにとって、いくら体力自慢の正義漢でも、得体のしれない者たちとの常軌を逸する戦いに、命の危険を顧みずかかわる鳴海を理解するのはまだ難しいのです。ただ勝を守る戦いが進むにつれて、エレオノールはちゃんと人の命をモノのようにしか考えず、自分の利益のためになら小さな子供を傷つけ殺しもする人たちに怒る鳴海のことを理解し、そんな篤い彼に心惹かれていくんですよね。この辺の相互の交流によるパーソナリティの変化はこの漫画の醍醐味です。

 

しろがねが料理を作っている間に鳴海は勝から身の上を聞かされます。そして勝が実は才賀の嫡男ではなく才賀グループの社長と愛人との間に生まれた子供であったこと、実の母は3年前に亡くなり、才賀に引き取られたことがわまります。

 

才賀に引き取られてからも父親とはほとんどあったことがなく、すでに成人している異母兄弟からは2号との子としてぞんざいに扱われていたこと、特に父親の死後、遺言により総資産180億の遺産が勝一人に継承されたことから一族内では孤独であったことが描かれており、そんな勝の唯一の願いはお金ではなく母のためお墓を立ててあげることでした。

 

勝の話を聞いてしまった鳴海の描写がこちらです。涙目になってしまった鳴海は何でもないと言いながら勝に背を向けています。こんな切実な話を聞いてしまって、どんな顔をして勝と向き合えばのかわからなくなり、悲しくて泣きそうな顔を見られるわけにもいかないんですよね。

 

 

だってこれこそ、子供たちの笑顔によりそい、笑顔のために怒り狂う鳴海の存在証明ですから。子供の笑えもしない悲しいお話なんて彼の存在証明であるゾハナ病が許さないんですよ。

 

ぜひともここで発作を起こしてコミカルにのたうちまわって、直後にエレオノールが食事を持ってきてくれたことに勝が喜び発作が収まったりしてくれたらなおさら「ばかやろ おせーぞ・・・」のセリフが二重三重に面白いですよね。鳴海、命がけで勝とお話ししていたのでした。

 

勝の母

また第5幕では作中唯一の描写と思われますが勝の母親が回想に登場します。母親の死因は特に何も説明がないのですが、ロシマヤンとしては父親、つまり才賀の社長に殺されていたのではないかと勝手に想像しています。

 

 

この才賀の社長こそ、物語の悪の黒幕であり、勝をつかってエレオノールを我が物しようとたくらんでいるわけですが、自分の野望のために勝を生ませ、そして勝に自分の遺産を相続させることで才賀家のお家争いを引き起こすのに、母親を殺し才賀家に勝を引き取らせたとしたら、父親と対峙する勝の立ち位置が一層はっきりと描かれたのではないかとおもいます。

 

もちろん公式設定集や藤田先生の構想のなかではそういうことになっているのかもしれませんし、または違う設定がありあえてその辺は伏せられていたものの、連載をすすめていく中で物語をうまくまとめるために省かれてしまったのかもしれません。

 

こういうことを考えていると物語の深みが増してきて面白いですよね。みなさんは勝と母親、そして父親の関係をどんな風に考えられているでしょうか。もしよかったらコメントにご意見ください。どうしても『からくりサーカス』は兄弟に主眼が置かれているため、親子関係に言及されないわけですが、主人公の一人である勝にとって、悪の親玉はまさに父親なわけですから、子供が父親を乗り越えて成長する、そんな解釈もあったのかなと皆さんは思ったりしませんか。

 

あとは不完全な母性の象徴みたいなエレオノールを奪い合うという意味では古典的ですが精神分析のエディプスコンプレックスといえるのかもしれません。全世界的に、男の子は成長のある一時期に母親に恋愛感情じみた心理体験を持ち、父親に反発します。好きな女性を取られたくないという心理が働くとされているんです。女の子の場合は母親から父親を奪い取ろうとするような心理特性が見られます。こういう人間に普遍的な感情を物語に組み込んでいくことは、マンガの深みをすごく増してくれますよね。

 

それか勝は純然たるクローンで、人工子宮から生まれた試験管ベイビー、勝の母親は母親らしい振る舞いや表情を埋め込まれたオートマータで、勝は完全に父親にコントロールされていたんだとしたら・・・しかし母親は勝を命令通り育てている間に母性に目覚めてしまい、黒幕のもとから勝を連れて逃げ出そうとしたところを殺されていたとしたら・・・ここまでやるとちょっと発想がブラックでしょうか。お気づきの方も多いかもしれませんが、割とロシマヤンは理屈っぽい根暗です。

 

エレオノールの夕食

そうこうしているとエレオノールが夕食を部屋まで持ってきてくれました。間が持たなくなってきている鳴海にとっては渡りに船なタイミングです。さっきも触れましたが泣きながら勝がお腹を空かせているのに遅いぞと怒っていますね笑。

 

食事の間、鳴海の家族のことが話題に上ります。仕事で中国にいることが多く、さらに父は現地で病気のため亡くなり、母が事業を引き継いでいること、鳴海の家に住んでいた祖父もなくなっていることがわかります。

 

勝の身の上話の時とは異なり、鳴海ががつがつと食事をしながら話しており、まったく気に留めるようすもなく、勝が食べやすいように不器用でやや乱暴にロールキャベツを切ってあげたり、口をふいてあげたりするので、場の雰囲気は暗くなりません。

 

また勝にやや乱暴な様子でかまいすぎる鳴海に対し、エレオノールは勝がゆっくりと食事できないと鳴海から引き離し、ここでもお節介といってのけます。このあたりの勝の取り合いをみていて、まだ鳴海とエレオノールの打ち解けきれない感じが残っています。数時間前に出会ってすぐ戦おうとしていたのと比べてばはるかにはかよくなっているんですけれどね。

 

夕食のシーンでロシマヤンが一番注目しているのはこのシーンです。勝に料理をほめられた時のエレオノールの喜びようと、彼女の表情に見とれる鳴海です。

 

 

勝を一人で守ろうとするエレオノールは、いってみればシングルマザーみたいな立ち位置でしょうか。子供に料理を喜ばれる、そういう体験を通して人間的な感情を、ここでは母性といえるのかもしれませんが、学んでいるんでしょうね。

 

まるで人形のようにクールにふるまうことしかできないエレオノールが心底望んでいること、それは心通う暖かな人であり、そのために勝を守り通さねばならないと刷り込まれている彼女にとって、勝との心通う交流はこれ以上ない喜びなのでしょう。

 

そしてエレオノールの見せる初めての笑顔に見とれる鳴海、そう君はこの時すでに彼女に恋をしていたのさ、と後から読み返すとにやにやしてしまいます。