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ロシマヤンのブログ

心理学の知識を元に、人間の生き方や社会のあり方について

自分なりにいろいろ考えていきたいと思っています。

感想など、コメントいただけると幸いです。

<私があなたになる瞬間:対称性の世界>
豹のお母さんは自分の子供が死んでしまったとき、その子供を食べてしまうそうです。
わが子を食べてしまいたいほどに愛しているのでしょう。
相手を自分の中に取り込んでしまえばいつでもその人といられますからね。

忙しくてめったに会えない恋人から
「僕はいつでも貴方と一つです」なんてラブレターが届いたら
若い子に限らず女性でしたらきっとときめいちゃいますよね

でもでも、実際に私が「僕はもう君と一つだから」
なーんて告白したら世の女性はきっと皆さんドン引きされるのでしょうけれど・・・。
当たり前ですけど、でも不公平に思います

恋人からの大事なラブレターにはときめかれるのに、
私がロマンティックに振舞うと世の素敵な女性の皆様にはなぜか振られます。
詩的に素敵なのに、って当たり前ですが・・・でも不公平ですよね。

正直に行きましょう
食べるのはお腹がすいているからですし、
食べても消化されて体からいつかは出て行くのだから
相手が自分と一体となっていつまでも残るなんてことはありませんからね

心理学的に個人のうちに複数の人格があるとは認められますけれど
誰かと自分が同一であるなんてありえません。
個人はあくまで個人です。


つまりどれだけ詩的に素敵な告白でも、それ嘘ですから。

私だけじゃないですよ。
どんな告白でも嘘なんですからね。
それなのになぜかモテと非モテに分かれてしまうのですから
世の中やっぱりなぜか不公平ですよね。

対称性の思考ってご存知でしょうか。
算数や数学でつかう線対称って言葉ですね。
思想や宗教で使う場合、あなたと私はイコールである、なんて使い方をします。

日常の感覚、今時の当たり前な感覚といってもいいのでしょうけれど
あなたは私という関係は理論的におかしいですよね。
理論的にはそれはありえません。

だからどれだけ素敵なラブレターでも、
少なくても理論的にはそれって意味不明な文章でしかないのです。

まぁこんなことばかり言っているあたり、私が非モテな理由が見て取れそうです。

詩的に素敵なラブレターのつもりでも
残念なことに私が書いたら数学か物理の方程式でも書いてありそうですからね。
そりゃ話のつまらない頭でっかちじゃ嫌われてしまいますね。

理論的な考え方、科学的な合理主義って言ってもいいのでしょう。
こういうのは非対称な思考といえます。

私とあなたは決して同一ではありません。つまり非対称となります。
1+1=2であって、1+1≠3が当たり前なのですけれど、
こういう当たり前の感覚が崩れて2=3なんておかしな世界が対称性の世界です。
「2」と「3」に対象性が認められる変な世界です。
でもここでは私は貴方でありうるのです。

「貴方の腕が、あなたの胸が、背中が、ここにあって」なんて歌ありましたね
「貴方の瞳が、唇が、全てが今僕の胸の中に輝いています」といか言えばときめくでしょうか
多分きっとこういう表現が得意なのがモテ系男子なのでしょうね。

もちろん私はえらく不得手です。
えぇ、残念ですが私、バリバリの非モテですから。
数学とか物理にはそこそこ強い(と思う)のですけれど・・・。

相手が自分の中にいるというのはある意味すごく当たり前です
だって他者とは認識、つまり脳内に再生された心理現象なのですから。

輝いている、当然でしょう。
脳内現象が生じているということは
貴方の頭の中でニューロンが発火しているわけですからね。
電気的な反応が生じていれば輝いていておかしくないでしょうね。

はい、へ理屈です。
ただしこれが非対称性論理であり
れっきとした科学的思考形態であり、
男女の愛とはつまるところ生殖に根ざした生物的現象にすぎないといえるのです

はぁ、そりゃ私、こんなことばっかり言っていればもてないですよね。
人間どこかで、対称性の世界
自分が誰かと一心同体になってしまう
そういう感覚を大事にしていないとモテなくなっちゃうんですよね


・・・真面目に勉強してきたことを後悔するロシマヤンです