勝の回想
病院で手当てをうけて眠っている勝の回想シーンです。才賀に引き取られてからの一人きり寂しかった生活を思い浮かべ、勝は目覚めます。
母を亡くして、才賀グループ社長の愛人の子として才賀家に引き取られた勝ですが、母親への愛情と、母を亡くした後の孤独、この二つは作中における彼の役割を語るうえでとても大事な要素です。もっともマンガの中ではあまりはっきりと触れられていないのですけどね。とくに勝の母親についてはほとんど作中に描写がないため、もっと深く母子の暖かな交流と、そして残酷に母子の引き裂かれる様子が描かれていればよかったのになと、今は思っています。
一人で戦うしろがね
勝が目覚めた直後、愉快で憎めない殺し屋阿柴花さんがプルチネラを駆りやくざ連中と病院に乗り込んできます。
最初に飛び込んできたごろつきは鳴海の拳法とアルルカンの一撃で一気に蹴散らすのですが、エレオノールは鳴海をも巻き込んでしまいそうな強引な戦いを展開するのです。
当然鳴海は怒鳴りつけますが、エレオノールは自分一人で勝を守ってみせると一人で戦うことにこだわります。こんなにも多勢で来られたらもしもの時どうするとさらに鳴海は食い下がりますが病院の先生の悲鳴が聞こえたたため、その場をエレオノールに任せて先生のいる2階へと向かいます。
このとき鳴海とエレオノールは勝が起きていることに気付きますが、勝は一人にしないでと鳴海に抱きつくのです。コマ割は小さくわかりにくいのですが、自分一人でも勝を守ってみせると啖呵を切るエレオノーレと、背景の暗転している勝の無言の一コマが印象的です。先生を助けなければいけない鳴海はすぐに戻ってくると約束し勝を机の下に隠して階上へと駆け出します。そしてプルチネラが目前に迫っているにもかかわらずエレオノールの表情が泣き出しそうな表情をしていることにもすごい大切な意味があります。もちろん勝を守るためにすぐ人形遣いの戦う顔に戻るのですが、自分一人だけで勝を守ろうとするエレオノールの意思が、実は本作の黒幕の意思そのものなんですよね。
そんなわけでこの時はまだ、勝もエレオノールも感情すらもコントロールされた、ラスボスのコマとして描かれているのです。もちろん王道の少年漫画らしく、最後に二人はそれぞれに仲間との絆を武器に決してあきらめない強い自分自身を取り返すのですが、修行して必殺技を習得し、ピンチに際して変身すれば解決するドラゴンボールとは一味も二味も違うのがこの漫画の奥深さですね。
作者がここまでラストを見極めて連載していたんだと考えると、物語の複雑さからくる面白さがよくわかります。
阿柴花さんとプルチネラ
ここから作中随一のくえないキャラクター、ゆかいな阿柴花さんとのバトルです。プルチネラをけしかける阿柴花さんですが、初劇をうけとめられてすっと距離をとりエレオノールに余裕で取引を持ち掛けます。
べっぴんさん、お願いなんだがよ。
あたしは日頃人形使っての殺しばっかりやってるんで、たまにゃ人間相手のもやってみたいんです。
その子を守ろうってんなら、どうです?
あたしも仕事で後へは引けねえし、人形同士のけんか、受けてくれますかね。
とにこやかにさらっとエレオノールを表に引き出すも、プルチネラとアルルカンの戦闘は見開き3ページでアルルカンの圧勝に終わります。しかし食うに食えないのが阿柴花さんです。プルチネラとの戦いにエレオノールが気を取られている間に、手下がまわりこんで勝を人質に取っていたのです。ぷるちねらが破壊された直後の計画がうまくいったことを確かめた阿柴花さんのわる~い顔が実に愉快です。
勝を人質に取られ、エレオノールはなすすべなく取り押さえられてしまいました。
笑えねーな、ばかやろう
当然ヒロインのピンチにはヒーローが駆けつけるのが漫画の世界です。二人が殺される寸前、鳴海が舞い戻りやくざ連中をあっというまに蹴散らしてしまいます。愉快な阿柴花さんはここでもくえない態度とせりふでとんずらします。
このシーンではやくざ連中のわきにちょこっとうつっているだけなのですが、エレオノールが助け出され、自分を人質に取っていたやくざ連中と鳴海の立ち回りを勝が見つめている表情がとても印象的です。
それは頼もしいヒーローを歓迎し喜ぶ子供の表情と、鳴海の一挙手一投足に感嘆しつつも一瞬たりとも見逃すことなくみつめている大器の片鱗を思わせる表情をしています。泣き虫で軟弱ものな勝はあこがれる兄に並ぼうと切磋琢磨し、やがて兄のように困っている子供を助けられる立派な男へと成長します。このときすでに鳴海の拳法をきちんと目で追っていける逸材だったんですね。見えるからこそ強くあこがれ、思いが強いほど敬愛する兄に追いつかんと努力できたのでしょう。
また女子供を人質に取った阿柴花たちに向けられた怒れる鳴海の表情と「笑えね!なぁ!バッカヤロォ。」のセリフも鳴海のキャラクターをよく表しています。
一方で九死に一生を得たものの情けなさそうに立ちすくみ、一人で勝てなかったことを詫びるエレオノールに鳴海は協力しなかったことを怒鳴りつけようとしますが、勝が割って入ってこう述べるのです。一人でいると自分で自分がかわいそうに思えてくる。しろがねが一人でやると言えば言うほど、しろがねが一人でかわいそうなんだと言って自分をどんどん忘れてしまうようで、だから一人は嫌なんだと。
この勝の気持ちを聞くエレオノールの鳩が豆鉄砲を食ったような表情にもとても意味深いものが感じられます。勝はまだエレオノールの過去を知らないのですが、特殊な出生からくるエレオノールの根本にある孤独を、勝はずばり言い当てていたんですね。
笑えないと言って怒る鳴海と、一人は嫌だと鳴海を慕いエレオノールをかばう勝、この二人はまさにこの物語の重要な兄弟の生まれ変わりだったんだと今更ながらに感心させられます。藤田和日郎はいったい物語のプロットを作るのにどれだけの時間をかけたんでしょうね。