ロゼッタビューティー
松尾はるみです
お見舞が終わって
札幌に帰ってきました
苫小牧には
高校の時の仲よし同級生が住んでいるので
連絡をしたら
叔母の入院している病院のすぐそばに住んでいて今日は仕事が休みというので
JRの時間より少し早めに
車で迎えに来てもらい
コメダ珈琲店で
会わないでいた2年間の出来事を
一気に喋りまくり
特に
お互い引っ越しをしていたので
そのネタでずいぶん盛り上がりました
楽しかった
そして
入院している叔母は元気で
私が行くと
もうすでに
兄夫婦も来ていて
そのあと
入院してる叔母の妹である
もうひとりの叔母も叔父と一緒に来て
かなり賑やかに
病人の叔母は一番元気で
皆に飲みものや菓子を振る舞い
何度もありがとうと言う
こちらの方こそ
元気そうにしていてくれて
ありがとう
叔母二人は私の母のような存在です
稚内で経営していた親の店の厨房で
私が2歳の時に大火傷をしたのをきっかけに
小学校へあがるまで
母の実家である日高で
叔母二人と祖父母に預かってもらっていました
なので
小さい頃の私の記憶に
稚内の父や母や兄や姉は全くでてこず
日高の山と馬と
祖父母と二人の叔母ばかりが登場します
まだ20代だった二人の叔母に
「今日はどっちのおばちゃんと寝るの
」
とか
「どっちのおばちゃんが好き
」
とか聞かれて
子どもながらに照れたり困ったりして
溺愛されていた記憶が主です
叔母が保母さんをしていた保育園が
家の隣にあったので
自由に行ったり帰ってきたりして
家ではリカちゃん人形とリカちゃんハウスで
気のすむまで遊んでました
父が亡くなって
母と日高へ戻り
中学と高校時代はまた叔母たちと暮らし
反抗期には反抗する日もあり
めんこくない態度をとったことを後悔してます
叔母たちが
働きながら私を成長させてくれたことに
感謝をしてもしきれません
母の日には
毎年プレゼントするけれど
そんなもんじゃ全然足りない
まだまだ長生きしてね
