探偵助手は探偵の関係性解釈に憤りを表明する
東の空が薄い光を帯び、鳥の囀りがそこに重なる頃、探偵は心底不思議そうに僕が掻き集めてきた事件の資料を手にしながら首を傾げた。
「探偵と助手の関係性をつきつめるとさ、殺すか殺されるかになるのって世界のバグなのかなぁ?」
「は?」
徹夜仕事で朦朧としつつある僕は心底うんざりとした気持ちで彼を見てしまう。
「いや、この世界には、『殺人鬼になれる探偵』と『探偵になれる殺人鬼』がいるわけだろぉ? で、その反転が起きやすいのは圧倒的に探偵側なわけでなぁ」
あいかわらずのへにゃへにゃ笑いを浮かべながら、探偵は資料に視線を戻しつつ宣った。
「それも様式美とか抜かしやがるの? ほんと良くない、良くないよ! だいたい、その統計ってどこが出してるのさ」
「いや、俺調べだが」
「あんた調べかよ! でもなんか信憑性が高そうというか、妥当かもなって感じる自分に腹立つな!」
「君、さては情緒不安定だろう?」
「誰のせいだと思ってんだよ、いや、あんたのせいって言いたいけど僕自身のせいだよ、ほんと自分に腹立つな! 資料から情報ひとつまともにひろえてないから焦ってるしな!」
本当に腹が立つ。自分に。
同じものを見てるのに、同じようには見えない、見れない、気付けない。
巷を騒がせている連続殺人事件。
その犯人と名乗る人物から届いたパーティの招待状。
そして先生はいま関連資料を読み込んでいるわけだけど、ああ、その合間にも思考が揺れる。
「君の集める情報は見るべきものが多くて助かってるよぉ?」
たしかに探偵は、数多の犯罪に精通し、どのようにして罪が暴かれるかを知ってる。
ゆえに、一線を越えればあっさりと殺人鬼へと堕ちる。
そして殺人鬼は、数多の犯罪に精通し、どのようにそれを成し遂げられていくのかを知っている。
類稀な洞察力、観察力、推理力。
ひとを魅了するカリスマ性。
周囲の人間を聴衆にして自身の領域へ引き込む話術。
どちらにも見出される特性であり、表裏一体となっている。
ゆえに、一線を踏みとどまれば探偵となれる。
だから、そうだ、だから……
「探偵も殺人鬼も『己が為すことの代償として死ぬなら本望』っていうのが根底にあったりするしなぁ」
「……あんたがそれを本気で思ってんのはわかってますけど」
「俺はさ、いつでも『殺される覚悟』も『殺す覚悟』もできてるんだよねぇ、その覚悟なくして、名探偵は名乗れないさ」
「その覚悟をする以上に、なんとしても生き延びる覚悟を決めてほしいんですが、僕は」
「君は欲しがりやさんだなぁ」
「そんな話じゃないです、ええ、責任問題の話です、ええ、しっかり後始末までつけてこその仕事、家に帰るまでが遠足だと主張してるだけです!」
「君は時々面白い例えをしてくるなぁ、その言語センス嫌いじゃない」
「ありがとうございます、こんちくしょう!」
徹夜明けの寝不足がいけない、脳が機能してない、脊髄反射で喋ってる自分を自覚する。
いよいよ手元の資料の文字列を正しく追うことも難しくなってきた、やばい。
「だとしてもだ、ほら、その探偵のエキセントリックさゆえにさ、一番近しい人間こそが狂わされてしまうのかなというか、なぁ」
「探偵と助手の関係性に対する驚くべき偏見、と言い切れないのが腹立つな!」
「間違いではないだろう?」
「間違いどころか、この世界の法則的に真理に到達してそうでやだ」
探偵と助手はある意味『陰と陽』だ。
どちらが『隠』でどちらが『陽』かはそれぞれによると思うけど、ただ探偵と殺人鬼以上に、探偵と助手は近しいゆえに互いの距離感を誤り、境界が曖昧となり、やがて、信頼と甘えが信仰と依存になって、憎悪や執着に発展していったら、その先に待つのはーー
「殺すか殺されるかになる、って言いたいんだろ、まったくもってこの世のバグだよ、マジで信じたくないけど、でもだけど、探偵を守りたいし探偵の助けになりたいし探偵の役に立ちたいし、殺すか殺されるかってある意味その瞬間は自分だけが相手を独り占めしてるってことで、その満足感というか、幸福感に見舞われると癖になるから止まんなくなりそうだし、承認欲求としてもそれってやっぱどっか健康じゃないですね、とも思うわけで、やばい、もうだめだ、すみません、先生、僕はもうだめです、すみません、落ちる」
探偵にふっかけられた議論に白熱したら、脳みそのエネルギーが切れた。
グラリと身体が傾いて、そのまま視界が暗くなる。
調査資料の洗い出しもディスカッションもまだ途中だというのに意識が落ちる、落ちてしまう、倒れてしまう、ソファへ。
そのほんのわずかな隙間に、探偵がなぜだか優しい声で何かを言った気がしたけれど。
探偵の手が僕の頭を撫でた、気がしたけれど。
ーー僕の意識はそこで途切れた。
「助手に自分を殺すよう唆すのはあきらかに探偵側の甘えだが、そもそも助手をまもるのが探偵の役目だからなぁ、君を他人に奪われたくはないなぁ」
了
