◆オーダーメイド物語

【あなたのイメージで綴るこの世ならざる世界の物語】


▶︎ご依頼主:きなころう様
魔剣使いと絵描きの出会いから始まる物語の6作目にあたる続編。
キーワードは『始まり』『希望』『積み重ね』

これまで積み重ねてきたものから新たな世界が始まるように、祈りと願いを込めて綴らせていただきました。
季節は冬。

一年の終わりを迎えようとしているこの時期に、全ての始まりとなった星誕祭を舞台に据えて。

 

 オーダーメイド物語

  *…青の円環、星々の寵愛、やがて来る凍れる月の誘い…*

 

 巡り巡る星の季節。
 人々の運命を綴り、魂を守護する星々の神へ祈りを捧げる祭り。
 地上を青の煌めきで満たす星誕祭の夜は、ある時から私にとって大きくその意味を変えた。
 あなたとの出会いが私の運命を変え、あなたとの旅が私の中に数多の星を生む――

 *

 今日の開場時間を終え、カフェスペース以外の照明を落としたギャラリーの大きなガラス窓越しに見る街並みは、星誕祭ならではの美しさで彩られていた。
 大きな通りに連なる街路樹や店先に星を模した青の装飾がきらめき、ずらりと並び連なるマーケットワゴンには水晶細工のランタンが星の時間を凍らせて閉じ込めた"石"を燃料にして世界を照らす。
 ラピスラズリにサファイア、タンザナイト、アイオライト、アクアマリン――青く蒼く碧く、どこまでも凛とした光のさざめきたち。
 その光は、額装された大小さまざまな絵に囲まれたこの場所を、差し入れでもらったリンゴのパイやスパイスクッキー、二人分のホットワインが置かれたカフェテーブルを、そして彼と私とを照らす。
 

「実にいい夜だな」
 

 向かいに座り、微笑みかけてくれるのは、魂の内側に星の焔を抱き、一等星よりも眩しく輝く恒星のような存在。
 星々の神の寵愛を一身に受ける魔剣遣いの彼。
 彼の周りでは可視と不可視の境界にある星の祝福がキラキラと瞬いていて、まるで厳冬の朝に雪原で見るダイヤモンドダストのように綺麗だ。
 星誕祭の夜の邂逅から五年の月日を経て一層眩しくこの目に映る彼は、私にとって尽きることのないインスピレーションの源泉でもある。
 そんな彼がこの場所で私に微笑みかけてくれている、この奇跡に不意に大きく心が揺れた。


「ん? どうした?」
「え」
 

 彼へ言葉を返さないまま、無言で見つめてしまっていたらしい。
 あわてて取り繕うように、私は視線をギャラリーの奥へと向ける。
 

「あ、ええとね、まさかね、こんな日が来るなんて思ってなかったから」
 落ち着かない、緊張する――そう、緊張していた、どうしようもなくずっと。
「ここまで来たんだって思ったら、胸が少し苦しくなるのよ」
 

 本当はまだ、これが夢なのではないかと思う自分がいる。
 ガラスの箱庭のようなギャラリーで個展を開いているというのに、それもすでに三日目を終えたというのに、いまだ夢の中のようで現実感が遠い。
 コンテストではなく、グループ展でもなく、自分だけの作品が展示された空間に、身を置いているという非日常感。
 しかも、彼からもらった『色』で描く風景はこれまでの私と彼の軌跡でもあって、それを並べ、飾り、観てもらえるという感慨深さは言葉にならない。

 ありとあらゆる瞬間を、その煌めきも眩しさも痛みも悩みも喜びも悲しみも、すべてが私にとってかけがえのない物語だ。
 そんな私の描いた絵を、額装された『旅の軌跡』たちを、私はここに掲げている。
 

「自分がここにいることにも驚いてるし、みんなが来てくれたことにも驚いてるのよ。心がずっとびっくりしてる。夢みたいで」
「この街の教会が君の絵に魅せられ、望み、叶ったことだ。夢のよう、と君は言っていたが、俺は必然だと思っているのだがな」
「……でも、だからこそ、やっぱり、……かな」

 星誕祭の夜は、かつての私にとって露店巡りで知識欲を満たす場だった。
 貴重な書物と出会える少しだけ特別な夜を、奉納演武をひかえた兄弟子たちとホットワインを片手に巡っていた。
 私は探す側で、求める側で、訪れる側で、そうしてひと時を楽しませてもらう側だった。
 でもいまの私は街中に繰り出し、楽しむ側じゃない。
 しかも、これまでの縁だけじゃない、旅で出会った人や噂を聞いた人、思わぬところから繋がった人たちがここを訪れてくれていた。
 そうして、私の絵が欲しいのだと望み、手にしてくれる人がいる。
 心惹かれたと、縁を繋いでくれる人がいる。
 武の道を進み、兄弟子たちとともに鍛錬を日常に身を置いていたかつての私には想像すらしていなかった日々だ。

「まさか、師匠や兄さんたちまで来てくれるなんて思わなかったし。絵の師匠は最終日に来ると約束してくれたけど、兄さんたちは……」
「それは当然来るだろう? 君は彼らにとって間違いなく愛する存在なのだからな」
 

 パイとクッキーの差し入れは絵描き仲間からだけれど、このホットワインは兄弟子たちからの差し入れだ。
 私が一番好きなお店のマーケットワゴンに並び、わざわざ届けてくれた、それはまごうことなき愛だと彼は言い、私は少しくすぐったくなる。
 

「ん……愛されているかどうかはよくわからないけど、でも、うん、なんだろう、違う道を進む私を本当に祝福してくれているのが伝わってくるのがね、なんだろう……うん」
 

 ホットワインのグラスの縁を指先でなぞりながら、視線を落とす。
 

「そういえば、明日の奉納演武には君の兄弟子たちが出るのだろう?」
「兄さんたち、全員がすごく張り切ってたわ。去年ははじめて一番上の兄弟子が最優秀者として神の庭に呼ばれて、それに続くんだって」
「君の応援を待っているのだろうな」
「もちろん明日は行くよ。でも、それ以上に兄さんたち、演武以上にあなたに挑む方を楽しみにしている節もあって、それがね」
「俺は嬉しいぞ。異種の技術に触れられる貴重な機会である以上に、君の兄弟子たちの技は魂に心地よい」
「そう言ってもらえると嬉しいけど」

 徒手格闘は、私が選び、兄さんたちが選んだ道だ。
 大切な私の一部。
 ただ、申し訳なさがふとした瞬間に内側から顔をもたげて、そうして私に物言いたげな視線を送ってくる時があった。
 生まれ故郷から遠く離れた武道の師のもとで、兄弟子たちと過ごす日々は厳しさとぬくもりで未熟な私の心身を育ててくれた。
 その時間に感謝する一方で、私は師や兄弟子たちのように『極める』ことに重きを置けずにいたことへの罪悪感にも似た何かをほのかに抱いていたのかもしれない。
 武の道を歩みながら、未知を識ることに重きを置いていた私は、あの頃、どこかで自分の内側に住む『もうひとりの私』を抑え込もうとしていたようにも思う。
 だから、今日のような日に、屈託なく笑って祝ってくれる兄たちの姿に、こんなふうに祝ってもらえていることに、『いいのだろうか』と思う自分もいる。

「"武の道も芸の道も、道は道だ"――だったか。君の師は、実に懐が深いな」
「師匠は、……師範は、うん、本当に、そうだね、うん」
 

 そう、いまの私には人生において偉大なる師匠がふたりとなった。
 武の道を極め、私に生き方を示し、ひとりで立つ力と、それを得て育てる術を教えてくれた師。
 絵画の道を歩み、私に在り方を示し、人々とつながる術を、それを得て育て紡ぐ力を教えてくれた師。
 ふたりの師が、この人を描く私でいさせてくれるのだ。
 その事実に気づかせてくれた彼と、気づきへ至った自分自身に驚きを覚え、ほう…っとため息がもれた。
 

「だが、ここからさらに先へ君は進むんだろう?」
「そうだね、うん……ここからさらに先へ、目指してもいいんだよね」
「当然だ。君は君が望むままに。それで俺の世界も救われる」
「おおげさだよ」
「おおげさではないぞ。君と、君の描くものが俺に教えてくれたことだ。目に視えるものも見えぬものも、すべて等しくそこにあり、故に世界がどれほど美しく愛おしいのか」
 

 星々の神の命を受けて、彼は魔剣を手に駆ける。
 邪を討ち、穢れを祓い、理の歪みを正す彼が帯びている神からの使命だと告げられたのも星誕祭の夜だった。
 

「だからだな。星々の神から聴いたのだろう、君を呼んでいる声がする」
「え」
「いや、これは喚ばれているな」
「え、え?」
「来るぞ」
 

 不意に立ち上がった彼の手が私の手を取る。
 何事かと思った刹那、私たちを囲むように床が水面のように揺らぎ、視界が変わる。
とっさにそばに置いていた鞄をあいた手でつかんだタイミングで、世界が変わる。
 

 すべてが塗り替えられてしまう。


「え、ここは」
「ふむ……七日後の凍月祭の神事に使われる音楽堂だな」
「じゃあここは、司祭様の?」
「ああ。ただしこの世界に顕現する直前の、卵の状態なのだろうが、ふむ……」
 

 言って、彼はいつの間にか手にしていた大剣を白い闇に包まれた空間へ向けて一薙ぎする。
 流麗なその所作の後に続くのは薄いガラスが割れるような音であり、同時に私の目の前には、幻冬花の蒼く透き通った葉を束ね、連ねて、飾りつけられたラリマーのパイプオルガンが姿を現した。
 

「穢れから守るために、幾重にも結界を施していたようだ。そして今日、君はここに呼ばれた」
「……私が? どうして?」
 

 凍月期は、星誕祭の夜から七日後には新たな年を迎えるための凍月祭へうつる夜、教会の所有する音楽堂では、司祭が聖別された青のパイプオルガンを弾き、奏でられる旋律によって一年の汚れを祓い催しがなされるのだ。
 噂でしか知らないけれど、この世界のどこかでは、神の寵愛を受けた音楽師たる司祭様が湖上に佇む音楽堂で浄化の音色を弾き続けるとも聞く。
 そこでは浄化だけでなく、聴くもの達の魂の軌跡をなぞり、癒し、変革を促すのだという。
 でも、私は絵描きだ。
 音楽を奏でることはなく、司祭の資格もなく、何より神の領域から顕現する存在に一体何ができるというのだろう。
 

「君の絵が欲しいらしい」
「私の?」
「ああ、君の」
 

 彼は大剣を背に収め、ゆるりとパイプオルガンを見上げて笑う。
 

「この音楽堂はこの世に生まれたばかりらしくてな、無垢なあまりに不用意な干渉で歪みが生じるリスクも高いのだという。純白のまま、脆弱なままでは、凍月祭の役割を十分には果たせないからと、凍月の神に頼んだらしいぞ」
「誰が?」
「このパイプオルガンが」
 

 こともなげに告げるけれど、彼に聞こえている声を私は言葉として捉えることはできない。
 でも彼が伝えてくれる言葉が疑いようもなく真実なのだと、私の魂が感じている。
 だからこそ、つい首を傾げてしまう。
 

「私はあなたを描くだけよ」
「ふむ……君はそこだけは五年という月日の中でいまだ変わらないのだな」
「それはそうよ。私はいまだ、あなたという存在を描ききれてないんだもの。何を描いても良いというのなら、私にはあなた以外にないの」
 

 きっと生涯私はあなたを描き続ける。
 これは予感であり予言であり予知であり、あなたに向けた私の宣誓だ。
 

「だが」
「……でも、それを許してくださるのね」
「望まれるということは、そういうことなのだろうな」
 

 どこか照れを含んだように微かに目元を染めて彼が微笑み、そんな彼に釣られて私も自分の頬が赤くなるのを自覚しながら、そっと掴んでいた鞄を肩にかけ直し、手を入れる。
 

「今日という特別な日に、描きたいのはあなただけ」
 

 純白の空間を真っ新なキャンパスに見立て、光や景色を顔料に換える硝子の小瓶に数多のインク壷、数種類の絵筆、水晶硝子のパレット、それらを私のアトリエのように空へ展開させていく。
 私があなたから手ほどきを受け、編み出された、私だけが扱える魔法。
 守護の力に満ちたガーベラのバングルに、星誕祭の光に釣られてやってきた精霊たちが興味を示すから、彼らにも助力を願った。

『在りたい己を描き、在りたい己を目指し、ありたい己に恥じぬよう努めるだけのことだ』

 かつてもらった彼の言葉が、私の芯で燃えるように輝いている。
 魂を磨き、燃やし、光と成るほどに、言葉にならないあふれる感情すべてを色に変えて絵筆に乗せて。
 

 あなたを描く旅、あなたを知る旅、あなたの運命に触れる旅を描き続けるごとに、私の世界は大きく弾けて燃え上がり、変革を繰り返す。
 五感のすべてを研ぎ澄ませた先にある感覚が、私の目を開かせる。
 これを熱情と言わずしてなんというのか。
 

 運命は己で選び、掴み、歩むもの。
 積み重ねてきた軌跡が、奇跡へとつながる。
 何を見つめ、何を求め、どこへ向かうのか。
 行くべき道は己の魂の声に正しく従ったものなのか。
 

 問いかけ、応え、ただ描く。描く。描く――

 どれほどの時間が過ぎたのだろう。
 純白の空間に、私はこれまで触れた彼の内面から得たイメージをもとに、花を、樹々を、湖を、風を、歌を、意匠を凝らしたモチーフに閉じ込めて陣を敷くように描き切った。
 

「……見事だ」
 

 ブルーサファイア、アズライト、ラブラドライト、ブルーパール、タンザナイト、カイヤナイト……気づけば純白の空間に描き出したファイアーオパールのような色どりの抽象画に、凍れる月の神の祝福が降りそそぐ。
 パイプオルガンからは、この世ならざる旋律があふれ出す。
彼にだけ視えて、聴こえて、触れられるのだと思っていた世界に、私もまたいつしか招かれるようになっていたのだと、それに気づいたときの魂の震えをなんと表現すればいいんだろう。

「君の世界がまたひとつ広がったな」
「あなたの世界にまた少し触れられたのならうれしい」

 キラキラと煌めく青の中で、青く蒼く碧く、けれど透き通るほどに赤い金の焔をまぜて爆ぜる神秘にも似た瞳が私を見つめる。
 

 あなたこそが私の魂を燃え上がらせるのだと、いつかその想いを絵によって伝えたいと願いながら、今年もまた星が巡る。
 巡り巡って、私の中の星はあなたに惹かれ、そしてまた一年を重ねる。
 重ねられる。
 その幸福と奇跡の祝福に、音楽堂の天窓から月の光が旋律とともに青く淡く降りそそぐ。




Copyright RIN


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