ただまっすぐに神社へ
旅先で、ひとりで遠い神社に向かうわたし。
土地勘がないままにバスに揺られ、数時間かけてやってきた西の田舎町。
町では祭りがおこなれている。
ガラスの花を模した器や木でできた器や花が並ぶ露店。
わたしは目当ての神社への行き方を聞いてみると、そこの橋を渡ってあとは道なりだと告げられる。
厳寒神社、だったろうか。
海を背にして佇む、大きなしめ縄が鳥居にかけられている神社だったと記憶している。
タクシーなら4〜5000円くらいだともいう。
地図で見たときはそれほど遠いとはおもわかなかったが、改めて手にきた地図は大きく様がりしていた。
地図の上に浮かび上がる透明度の高い湖は函館の下に移動しており、「支笏湖ってここだっけ」「幼い頃、ここまできていたんだっけ」と首を傾げる。
湖も山も移動することをわたしは知らなかった。
でも『道』は示されている。
だからわたしは、読めない地図をしまい、ただまっすぐ道なりに進み、神社へと向かう。
古いけれど愛嬌のある木の橋をわたり、歩きつづける。
木造建の巨大な迷路のような館へも、神社へ向かう道にあるので中に入り込む。
木目柄が美しい白く滑らかな質感の屋敷内部には、そり返った壁が通路を塞ぎ、急階段が入り組み、回廊や四角い螺旋階段といった仕掛けも多い。
透明度の高い窓ガラスから差し込む光が照明がわりとなっていて、そこから見下ろす景色が素敵で、なんだか居心地も良く感じる。
誰かとすれ違うたび、友達と来ればよかったと思いつつ、ひたすらに目の前の壁は隙間から回り込むようにして越え、惑わされることなくまっすぐまっすぐ道なりに進む。
厳寒神社の写真を懐に、ただまっすぐに。
わたしがそこへ辿り着けることをまるで疑いもせずに進む。
了