義母が88歳を迎える。
世に言う「米寿」
特養で生活しているし、車椅子の生活になってしまっているので、何かした方がいいのか、何ができるのか、どうしようかなと考えた。
夫は、母親がお誕生日が来たら88歳で、それが「米寿」という長寿をお祝いする節目の年齢だなんて認識のかけらもないだろう。
何もしないでいいかな、とも思ったけれど、やっぱりそれでは義母もお気の毒、外出できるならお祝いの食事だけでもしようと思った。
太平洋戦争を体験し、義父のギャンブル依存症に苦労し、息子には大金を工面し、それでも88歳まで生きられたことは喜ばしいこと。
私が還暦の時、誰からもな〜んにもお祝いされなかったことがすごく寂しかったし悲しかったので、私が後悔しないためにも外出許可をとってお祝膳を囲むことにした。
夫は私の両親の長寿祝いなど何もしてくれなかったけれど、もうそんなことはどうでもいい。
どうするか夫に相談したところで私がセッティングすることになるのは目に見えているので、すべて決めてから日程と予定を伝えると「分かった」と言うのみ。
自分の親のことをやってもらうわけだから「ありがとう」という言葉が返ってきても良さそうなものだが、ホントにあきれる。
米寿祝当日は施設では食べられないであろう鰻御膳でお祝い。
娘も来て4人でテーブルを囲んだ。
義母の痴呆症はここ数か月の間に大分進行し、終始3種類の内容を繰り返し話していた。
どうやら人との会話が脳の刺激となって痴呆症に効果的というのは本当らしい。
施設の部屋で過ごし、身の回りの世話はすべてしてもらい、人との会話なんてほとんどなく、外に出て空を見上げたり、空気を吸い込んで「あぁ気持ちいい」と感じることなどない日々。
そりゃボケてくるだろう。
今度会う時はもっと痴呆症は進行しているに違いない。
できることなら私は最期まで施設には入らず自分の家で過ごしたいと実感した。
義母は同じ会話を繰り返しつつ鰻御膳をぺろりと平らげた。
その食欲に驚愕。
何枚か写真を撮って、心の中ではこれが遺影になると考えていたが、あの食欲ではまだまだ施設にお世話になる期間は長そうだ。