還暦を迎える1年半ほど前のこと。
私は数年前から右目が涙管閉塞症になり、日常的に涙が溢れてティッシュが手放せなくなっていたのだが、最寄り駅の鉄道沿線にその手術を日帰りでできるクリニックがあることを知り手術を受けることにした。
簡単な手術ではあるが、一応家族の同意書が必要だったため夫にその旨伝えて書いてもらい当日を迎えた。
帰りは眼帯をして帰宅するので徒歩と電車を使って出かけ、場合によってはタクシーを使おうと思っていた。
クリニックに着くと、私の順番の前が白内障の手術らしい女性でご夫妻で待合室にいらした。私よりいくらか年上のご夫妻のように見受けられた。
奥様が手術室に入るとご主人は静かに本を読んでおられたが、手術が終わってドアが開くとサッと立ち上がり、看護師に付き添われて出てきた奥様に寄り添うと背中をさすりながら、
「大丈夫?痛かった?」
などと優しいトーンの声をかけ肩に手を添えて奥様を誘導すると、お二人で着座して穏やかに話されていた。
その光景に私はとてもショックを受けた。
「夫婦ってああいうものなんだな」
と寂寥感が込み上げ、自分がとても惨めで可愛そうになってしまった。
私は夫に、
「一人で大丈夫?」
「仕事を休めなくて悪いけど…」
「気をつけて」
などの言葉を一切かけられることもなく、署名した同意書がテーブルに置かれてあるだけだった。
眼帯をして片目になると思っていたよりも遠近感が不安定になるので、転ばないように気をつけながら帰る道々、夫に付き添ってくれるように頼んだら仕事を調整して来てくれただろうか?と考えてみた。
いや、娘が3か月入院していた時の正月三が日にも面会に行かなかった人である。
結果は明白だと思った。
手術当日の晩もそれ以降も、夫から手術が無事に済んだかどうかのメールや術後を気遣う言葉はなかった。
寂しい夫婦関係が悲しかった。
あのご夫妻が羨ましかった。
漠然と考えていた「離婚」が、この時から現実的になった気がする。