昔から、空想したり、演技を真似たり、物語を書くのが好きな子どもだった。
小学生6年の時に、風と共に去りぬを観た。
公開から四十年以上経っている映画とは思えなかった。
スカーレット・オハラ役のビビアン・リーの美しさと、まるで実在しているかのような世界に魅了され、私の心はどこまでも自由に羽ばたいていくような気持ちになった。
当時、映画の音声をカセットレコーダーで録音し、場面と共に台詞をすべて書き写すことに夢中になった。
相当の時間を費やしたが、あとから見返したら光景や表情まで書き込んでいた。
「もしこれが私だったら」
「あそこに私がいたら」
と空想を膨らませるようになり、その世界に入り込む時間が何より楽しかった。
やがて、自分でも物語を書くようになった。
テストの勉強よりも、それは何より夢中になれるものだった。
親の足音がすると、そっとノートを入れ換え、熱心に机に向かうふりをした。
なかなかずる賢いと今は思う。
親は満足していたはずだ。
ピアノを習わせもらえたことには、今も感謝している。
作詞作曲をした曲をテープに何本も取った。
詞のノートは20冊を越えた。
高校生でコピーバンドの活動をするようになり、空想少女は同じくギターを弾く空想少年と作詞作曲したものを、バンドで演奏するようになった。
当然勉強はおろそかで、バンド活動、作詞や作曲には夢中だった。
親には常に反対された。
「勉強をしなさい!そんなことは大人になればいくらでも出きるんだから!勉強!勉強!」
少なくとも私は、言われれば言われるほど、やりたくなくなる子どもだった。
テスト前の一夜漬け勉強は全く身に付かなかった。
親には些細なことに思えても、子どもにとっては人生を変える経験になることがある。
これまで生きてきて思うのは、『大人になったらいくらでもできる』と言う言葉は、私には当てはまらなかった。
むしろ、大人になると、やるべきことが増え、思うようにできなくなってしまった。
歳を重ねた今だからこそ思う。
巡ってきた「やってみたい」という気持ちは、その時にしかないものなのだ。
「今度ね」「大人になってからね」と先延ばしやごまかさない。
できる限りその時に挑戦させてあげる。
もちろん危険なことや、人を傷つけるようなことは別だ。
失敗もまた経験、経験は決して無駄にならない。
けれど、やらなかった後悔だけは、いつまでも自分の心に残る。
自分の歩く道は、自分で選ぶ。
だからこそ、人はその人生に責任を持ち、後悔も少なくなるのではないだろうか。
そして母になった私は、「勉強しなさい」とは言わなかった。
子どもたちには自由に選ばせた。
好きなことは思い切りやらせ、挑戦したいことは全力で応援した。
どの経験が将来につながるのかは、誰にもわからない。
だからこそ、子どもたちの「やってみたい」を大切にしたかった。
三人とも、自分で選んだ道を歩き、それぞれの人生を楽しむ大人になった。
あの空想少女は、「好き」を信じる母になった。あの頃の私が夢中になった「好き」は、子どもたちの「好き」を信じる力になっていた。