娘の誕生日だったわと 連絡もない娘の事を考えていた。
生まれるまでのいろいろ、
生まれてからのあれこれ、を、
女の子でありながら、凄く活発(運動神経はあまり良くないと思うが)
想像を超える行動に、毎日が寿命詰まるような経験
それでも、初めての子育てを楽しんでいたが、
しかも、出産した病院で言い渡されていた事、
「二度と妊娠しないように、あなたの命にかかわりますので」と
意味が当時は分からなかったが、後に医療ミスだったと知った。
子供好きな夫婦なのにこの子だけで終わり、
だからこそ前向きに、必死だが 一つ一つを楽しんで。
恐ろしく早い成長スピード、母子手帳やいろいろな本に出ている月齢に出来る事は
全く当てはまらず、早すぎた、
一か月半で起き上がりこぼしの人形の首のリボンを引っ張って
自分で揺らして音を出して喜んでいたと思ったら、
その行動の毎日のまま3か月目に寝がえりを始めちゃっていたり、
2か月のころに、
凄く泣いているので見たら、
6畳の和室の窓のある位置の反対の遠い所にお布団敷いて寝せていたのに
窓の所まで蹴りながら移動していてそれ以上進めずに泣いていた。
記録を見ると、パパ(パッパッパー) ママ、ワンワンなどの言葉は6カ月頃から、
当時近所は出産ラッシュ状態で6月から12月までに次々と誕生したが、
娘は11月9日に生まれたが4カ月ぐらい先に生まれた子たちより歩き始めが早かった。
生後7か月後半ごろの写真では伝い歩きの延長で階段を上っていた。
「あまり早くに歩くのは良くないからつかまり立ちさせないように
つかまれるものを周りに置かないで」」と医師に言われた。
一番の原因は、スリムな赤ちゃんだったからかも、ぷよぷよせず筋肉質、
背は標準でも体重は軽いから動けるらしい。
乳母車の前面のポールにつかまって懸垂のようなことをしているを見て、
乳母車を使うのを早くに辞めた。
しっかり飲んで食べていたので、不思議でした。
歩き始めは、
そんな状態だから、ありえない事の連発、
寝かしつけてキッチンで洗い物をしてから、
子供部屋の隣の寝室で自分たちの布団を用意しようと行って見たら
部屋中に小さな袋がばらまかれてた、
椅子や箱を重ねてサーカス団の曲芸のようにして
テレビに乗ってそこにまた子供用の椅子を引き上げて箪笥の上の薬箱を落として
中の甘い子供風邪薬を出して、箱の中の袋の上から咬み咬みして汁を吸ったらしい。
部屋に咬み跡とよだれまみれの袋が散乱していて、慌てて病院に連絡した。
病院の回答は、「置き薬は弱いので、朝まで様子を見てください、
呼吸が早くなったりしなければ大丈夫です」と言われた。
子供は自分でベッドに行って寝ていた。
ある時、子供が3歳の頃、
わが家は5LDKで、二階は家全体が玄関側に寄った形で6畳の二部屋があった。
後で増築するかもと言う事と、お隣が当時平屋だったので、日照の事などを配慮して
隣から離して玄関のある道路側に二階を上げていたという、
お隣は西の位置だったからあまり関係ないと思うが、
その2階が載っていない部分は8畳の和室と6畳の和室、
それぞれの押し入れやクローゼット
その屋根を2階の子供部屋の窓から見たら
小さな足跡がびっしりと付いていた、
私が見つけたその時点ではすでに子供の足はそのサイズではない。
足跡の大きさを見ると歩き始めて間もない1歳の初め頃、
はっきりと付いている足跡は、屋根の周りをぐるりと一周して戻っている
屋根から下をのぞいたであろう向きも何か所もあった。
もし、そうやって屋根の上を歩いているのを見たら、
私は大声で悲鳴を上げて叫ぶか、やめて戻るように言ったと思う
でも声をかけられたら振り向いてバランス崩して落下する危険も大きい。
その時は、私が知らない間に戻っていてよかったと思った。ゾッとした。
出入りした窓は80cmの高さまで壁があってその上に窓がある作りだったが
おもちゃを入れたベンチボックスと横にしたカラーボックスを窓際に置いたので、
そこに乗って出たと分かった。
分かった時点で、ベンチボックスの位置を変えた(遅いが)
知らなかったとはいえ 無事だった事に腰が抜けるほどの感覚だった。
とにかくやることが普通じゃない、
義姉はよちよち歩きの時に、半日預かってくれたが、
私が用事が終わって迎えに行った時に言われた。
「4人の子を育てて姪(娘の2歳上)のお守もしているが、
あなたの子供は今回で懲り懲りよ、聞き分けも良くておとなしいが、
何をしでかすか、常識で考えられない、、くたくたになったわ、
普通の子供と違いすぎる、もう預からないからね!」と言われた。
でも、いたずらとか泣いたり我がまましたりではなかったという、
何をしたのかはいまだに知らないまま。
その後本当に一度もお願いしていない。
幼稚園の頃、その義姉と一緒に子供を連れて買い物に行って言われたのは
「何か買ってあげたいので、『どれが欲しい?』と聞いても、要らないと首を横に振るだけ
絶対おねだりしないから、可愛くないわ!」と言われた。
それでも高いコートやドレスを買ってくれたが…
確かに親にさえねだらない子だった。
これどう?と聞いても すぐに「いらない」と言う、それは夫が全く同じです。
へんに遠慮のような、大人びた子だったが、、
でも、買ってもらえば喜んでいる、あれの方が良かったとかいう事は無い。
おねだりは無くても、あげたいから親としては色々買ったり、作ったり、、
それがわが家では普通だったが、
1階だけ近所の大人のいたずらで言ったことを真に受けて、
おかあさんケーキだけじゃなくて赤ちゃんも作ってと言われた、💦
ずっと、大人になっても何もねだらない人です。
物欲が無いわけでもないと思うが、、
私はクリスマスや誕生日のイベントの時に何かを買ってあげるという普通の育て方をしていない
何の日とかではなく、私が買いたい、あげたい 作りたい時に、それをあげる、
だから他の子よりプレゼントをもらう回数は多い,おお過ぎると言われてた状態、
やったことに対してのご褒美と言うやり方もしなかったので、
何かを貰うためにそれに向けていい子にするというプレッシャーのような物は無かったと思う。
はやり始めたファミコンを買ってあげたら「要らなかった」と言われたが、、
大人になっても、これが必要だろうと思うとあげる、でもほとんど「いらない」と言う。
それは変わっていない。
羽目を外すことも無く、学生時代は模範的で褒められる子だった。
大人になってから、遠方で自分で働きながらそこから工面して免許をとった娘に
かかった費用を聞いて、振り込んで、
その後、車を買うお金を振り込んだ、オーバーする金額は自分で用意してと言って
そうしたらその範囲になるように何店舗かの車の会社に交渉して車を買った。
はっきり言って、それ以外は手を出させてくれないから、
私がつまらないのだが・・
たまに、洋服のサイズ直しを依頼して来るだけ、
そのように育てたつもりはないが、たまたま性格なのだと思う。
個性と言うのかな、、何かが違うように感じるが
親離れは早すぎた、、距離的にも、、
私は 沢山の子供に囲まれてわいわいしていたかったが、
思い描いた通りにならないのが人生なのかも。