KYOKOです。
今日は、プライベートな話です。
私の家の近くには、老人ホームがあります。
救急車がサイレンを鳴らして家の前を通過し、
その施設の前で音が止まることがよくあります。
22日の23時過ぎ頃、
いつものように救急車の音が聞こえ、近くで止まりました。
具合の悪い人が無事でありますようにと思いながら、
眠りにつきました。
この日は、母が友達との一泊旅行から帰ってくる日でした。
朝起きると、
母からの着信が数回あったことを携帯は教えてくれました。
着信のあった時刻は、夜中の1時過ぎです。
母とやっと電話が通じると、
「おばあちゃんが救急車で運ばれた。」
と言われました。
母は旅行から帰ってきて、
いつものようにおばあちゃんのマッサージと寝る準備をしてあげたそうです。
「旅行で1日しなかったから、今日は長くしようね。」
と話しながらマッサージをしたと言っていました。
マッサージが終わり、おばあちゃんがベットに入った瞬間、
意識がなくなってしまったそうです。
いつもと違う様子に、
すぐ救急車を呼んだと言っていました。
その話を聞き、頭が真っ白になると同時に、
昨晩の救急車の音は、
おばあちゃんを乗せるために母が呼んだ救急車であったこと、
病院に着くなり、
「家族を呼ぶように。」
と医者に言われた母からの着信の重さに気づきました。
そして、私は、後悔をしました。
どうしてあの時、救急車の音をいつもと同じように受け止めてしまったのだろう。
どうしてあの時、私は着信の音で目を覚まさなかったのだろう。
どうして。どうして。
悔やんでも仕方のないことだということはわかっている。
でも・・・
両親やたまたま帰ってきていた弟は寝ずに病院にいたそうです。
朝、病院から帰って来ました。
私は、おばあちゃんの入院に必要なものを母と用意してから、
お昼過ぎに病院へ向かいました。
おばあちゃんは、ICUのようなところにいました。
たくさんの管につながれ、
簡易的なペースメーカーで心拍を正常に保っていました。
おばあちゃんは、プライドが高く、
あまり弱いところを見せません。
腰が悪かったけど、
体はとても元気でした。
93歳になったばかりだったけど、
しっかりとしている人でした。
そんなおばあちゃんが、
たくさんの管につながれて寝たきりな状態を見ていたら、
涙が出てきました。
必死にこらえました。
強い薬で眠らされているため、
殆ど寝ているし、
会話もできないけど、
数分だけ目を覚ましたときに、
私が泣いていてはいけないと思ったからです。
起きた時、手を握ると、
弱い力で握り返してくれます。
また、それも泣けてきます。
この日、医者からお話を聞くことができました。
その時、母が、
「家が大好きな人だったから、早く家に帰らせてあげたい。
もし今までの生活ができなくなっても、私が最後まで面倒を見るつもりです。
祖父も7年自宅で介護してきましたから。大丈夫です。」
と何の迷いもなく医者に伝えている姿を見て、
なんてすごい人なのだろうと思いました。
今までも、毎日おばあちゃんの世話をしていましたが、
それよりも大変になっても、
おばあちゃんが一番望むであろう選択肢を選ぼうとしている。
なんて懐の深い人なのだろう。
尊敬に値する人。
そう思いました。
直接は恥ずかしくて言えないので、
ブログに書くことにしました。
私の母はすごいです。
おばあちゃんは、
未だ管だらけですが、
簡易的なペースメーカーは外れ、
自力で脈を打てるようになりました。
医者からは、最悪な状況を母経由でたくさん聞かされましたが、
(聞きながら電話越しに泣いちゃったけど)
おばあちゃんは強い人なので、
きっと良くなっていくはず。
元気になったら、
またあーだこーだ言い合いたい。
たくさん感謝を伝えたい。
今、私にできることは、
お見舞いに行き、顔を見せることだと思うので、
毎日は無理だけど、
2、3日に一度、仕事終わりに病院に行っています。
このブログを読まれた方は、
重たい気持ちになってしまったかもしれませんが、
一番言いたいのは、
私のお母さんはすごいんだぜ!
ということです。
今回の出来事は、
当たり前の生活が当たり前ではないことに気づかせてくれました。
当たり前だと感覚が麻痺してしまう。いけない。
今まで以上に、
私の周りの方々に、
今ある日常に、
感謝の気持ちをもって生きます。