今日、自分のために何を食べますか?
自分の感覚を信じ切って生きるあなたへ
これまでの視点に変化が出てきたのは
投影を学んだことが大きかったと感じる。
母のここが嫌いだって感じるところ
私も持っているんだよね
そこを観ずに母の行為ばかりを
責めまくっていた。
投影は
他者=自分
他者は自分の鏡
という見方
母親(他者)のことを責めているは
自分を責めているのと同じ
ずっと私は怒りのループの中にいた
私がこんな性格なのは
母親の育て方のせいだ!
私に自信がないのは
母親に怒られてばかりだったからだ!
私が世間体を氣にしてしまうのは
母がいい子でいることを押し付けていたからだ!
などなど、挙げればきりがない。
私はある側面しか観ずに
本当は大切に育ててもらっていたと
感じていたことは
なかったことにしていた。
不自由なく育ててもらったこと
洋服を作ってもらっていたこと
お菓子もたまに手作りしてくれていたこと
どんなに忙しくてもご飯は毎日作ってくれていたこと
などなど、こっちも挙げればきりがない。
愛情がなければできないことだし
私はちゃんと愛されていた。
あるを探せば無限
ないを探すも無限
どちらの面にフォーカスするのか。
母親を責めまくっていたこと
「今までごめんね」
と言いたくなった。
それは同時に
「自分にごめんね」
と言うことにつながる。
だって
この世界は鏡
他者=自分
だから
私の投影
子育ての中で氣づかされることが多い
子どもたちには感謝している。
つづく
お読みくださりありがとうございます![]()
自分の感覚を思い出して生きたいあなたへ
外に何かを求めて満たそうとしてきた私。
内を観ていくようになって変化したことは
何か問題に起こった時に
人に訊いてヒントはもらえても
自分の答えは見つからないってことに
ようやく氣づくことができた。
何かあれば、人に聞く、相談する
まではいいけれど
私はそのまま他人の意見を自分の意見として
扱っていたことに何の疑問も持たなかった。
そんな無意識の積み重ねから
《自分の本当の想い》がどこにあるのか
感覚が麻痺し、分からなくなっていた。
まず、自分の好きに氣づくことから始めた。
それさえも自分でわかっていないなんて…
落ち込み自分を責めてたなぁ
そんな時
この方とのご縁をいただき
セッションを受けることができた
「自分の好きな色、好きな食べ物
すべて知っているのは誰やと思う?」
「自分」
「それなのに、何で人に訊くの?」
「それはこのカレーは美味しいですか?
まずいですか?って人に訊いているのと同じだよ」
確かに自分の好きを知っているのは
自分だけだって思えた時
エネルギーが動き出したことにを氣づいた。
自分の好きを知りたいと
意識しながら過ごし始めると
コレしている時って楽しいかも!
夢中になっているかも!
自分で氣づけることが増えていった。
つづく
お読みくださりありがとうございます![]()




