読書の皆様、訪問者の皆様
猛暑の毎日、いかがお過ごしでしょうか?
今日も催眠音楽療法士、比桜乃(ひろの)の
ブログにお立ち寄り頂きまして
誠にありがとうございます。

私の父親はかつて
プロのバックバンドミュージシャン
ギターリストでした。
しかし、体調不良からバンドを引退し
その後は
大昔の大井町(東京都品川区)の繁華街で、
ギターの流しとして、
生計をたてておりました。
不安定な夜のお仕事という事から
すれ違いが多くなってしまったのか???
最初の結婚では
いつのまにか
父親の知り合いであった男性と
ダブル不倫をしていたヨメは
そのお相手の男性と共に
お互いの家庭をブチ壊して
ある日、まだ幼い娘を連れて
駆け落ちしてしまったそうで
突然にして
一方的に破綻しました。
この出来事のショックが大き過ぎて
父親はしばらく
床に伏せてしまったようですが
大好きだった音楽
彼を地の果てから   奈落の底から
立ち直らせたのでしょう。


私の母親は
同じく、その大昔の大井町の繁華街で
スナックのママをしておりました。
一度目の結婚は、
横浜市の杉田という街にある商店街で
老舗の和菓子屋に嫁ぎましたが
マザコンの夫に
ヨメVS姑&小姑問題に耐えきれず
心身共に病んでしまい
2人のまだ幼い子供達を
その家に置いて出ていく事を条件にされ、
離婚に至りました。
当時のヨメの立場は非常にか弱いもので
口ごたえなんて以ての外!です。
(今では考えられませんね!
現代のヨメ強し!)
奴隷の様に
早朝から晩まで働かされて
食事もまともに
食べさせてはもらえず
激ヤセしてしまったとか。
離婚後は手に何も職を持っていない母親は
女1人で生きていくために
スナックのママを始めたのでしょう。

夕陽が沈んで、息を吹き始める
妖しく艶やかな大井町の繁華街を
毎夜、ギターを担いで歩く父親。

「おはようございます。
今日の調子はどうでしょうかね?」

たぶん、こんな感じで
立ち並ぶ一軒一軒の
スナックのドアを開けて
交渉していったのでしょう。

母親のお店にも
良く顔を出していたので
その度に雇っていたそうです。
父親はネクタイをいつもきちんと締めて
誠実で礼儀正しい流しだったそうです。

私の記憶にある父親は
柳屋さんのポマードをびっちりとつけて
いつもリーゼント頭でした。
食道癌で病院のベッドに
倒れこむまで
それはミュージシャン時代からの
スタイルだったのでしょう。


今では、「カラオケ」という機械が
何千という曲を収録していますから
指をタッチパネルで
タッチするだけで、演奏が始まります。

当時のギターの流し
お客様の要望するリクエスト曲に応えて
すぐに伴奏を始めなければならないし
いかにお客様が気分良く
歌いやすい伴奏にするかという
アレンジ力も必要で、
また伴奏だけではなく
当然、弾き語りのリクエストもあるので
どれだけの曲と歌詞を
頭の中に記憶していたのだろうと思うと
音楽に携わる者として
尊敬してしまいます。

私も現在は音楽の再活動をしておりますが
一曲の歌詞でさえ
なかなか覚えられません(泣

当時の夜の大井町
高度経済成長の真っ只中にあって
そこに流れてくる人々は
人生の哀しみや苦しみがあっても
希望と活気と勇気を求めて
夜の波間を漂ってきたのかもしれません。

お互いに、人生の荒波に打ちのめされ
冷たい世間の狭間の中で
深く傷心していた父親と母親は
夜に華咲く街の片隅で出逢い

薄暗い小さなスナックの店で
父親の奏でる音楽の旋律
母親はカウンターで頰づえをつきながら
お互いの心を、傾けあう。
そしていつしか
新しい人生を夢見る
2人は
一つの存在となっていったのでしょう。

しかし時代の新しい波は
そんな2人に容赦なく
どんどんと押し寄せてきます。

高度経済成長発展の最頂期になると
その繁華街は都市計画により
無情にも撤廃されてしまったそうです。

また生きる居場所を失くしてしまった
ギターの流しとスナックのママは
その後、再婚します。

もう現在では
そこにあった繁華街は
全く違う景観になっているでしょう。

また家庭用音楽機器も一般に普及して
ギターの流し」は
もう必要のない時代に変わっていき
人々から忘れ去られていきました。

そして人と人との関わり合いが
人と電子機器との関わりになっていきます。


あの時代に生きていた人々は
過酷な戦争を生き抜いて
本当に強く生きていました。

人に裏切られても
また人を信じていく強さがありました。

それはリアルタイムで
お互いの言葉を発しなければ
自分の思いを表現できなかった時代に
自分の五感を信じ
ストレートに生きていたからです。
五感が今の私達よりも
優れていたと言っても良いでしょう。
自分の五感を信じて、
それを受け入れていくことは
他人も受け入れていくことに繋がります。


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(父親が若い時代に結成していたバンドのリハーサル風景)
Photo collage by Hirono 

グレンミラーのムーンライトセレナーデが
聴こえてきそうです。


今日のこのブログの話は
今から50年近く前の昭和時代の
ノンフィクションです。
昭和5年生まれの母親と
大正15年(大正最後の年)
生まれだった父親の
両親から聞いていた話を
ここにまとめて書いてみました。

私には一度も顔すら見たことのない
私の存在さえ知らない異父母兄弟が
父親方(晴美さん、乳児時代に
すでに他界されている妙美さん)
母親方(一志さん、やすこさん)と
4人います。
現在、御三方は
生存されているのかもわかりません。
あえて探そうとしないのは
それぞれの人生を生きていられる
彼らの過去に私が立ち入る権利は
ないからです。
御縁があれば
きっといつかどこかで
お会いできる時がくるでしょう。


読者の皆様の中には
平成生まれの方も
きっといるのではないでしょうか?
来年は年号が変わるそうですから
平成時代の良き貴方の宝物を
次の時代に持って行って下さいね。


昭和時代の旧き良き忘れ形見
それが私の心の中に
継承されているような気がします。


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(ギターの流し時代の若き父親)
Photo collage by Hirono 



貴方の心に生きる
旧き良き忘れ形見にはどんなものが
ありますでしょうか?
ぜひコメントでシェアして下さいませ。


本日も最期までお読み頂きまして
ありがとうございました。

親愛なる読者の皆様に愛を込めて🌺




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