大阪地震の被害に遭われた皆様に
心から慎んでのお見舞いを申し上げます。
今日も催眠音楽療法心理セラピスト
比桜乃(ひろの)のブログに
ご訪問頂きました親愛なる皆様
誠にありがとうございます。
中編から〜
F老健(介護老人保健施設)の
相談員さんに言われたとおり
ケアマネに介護区分変更4への申請を
お願いをしたのですが
「申請しても無理だと思いますよ〜」
と答えるだけで、やはり
面倒な事はやりたくない主義なのか?!
その矢先、母親の市町村に
尿便失禁用に無料の防水シーツ配布の
申請をしてありましたので
地域包括センターの職員が
母親の現状を知るために面談に来たところ
「これはひどい現状ですねぇ。。。
すぐに介護区分変更申請をするように!」
とケアマネに意見をして頂けたのです。
そうなのです。
毎日の尿便失禁がひどく
リハパンの中にした
自分の“大便”をいじったその手で
壁やそこら中になすりつけたり
お風呂場にこんもりと
大便がしてあったり
寝具にも畳にも便失禁で
掃除していても追いつかず
玄関のドアを開けた瞬間から
異様な悪臭が漂っていました。
その職員のお陰様で、さすがに
ケアマネも重い腰を
上げないわけにはいかず
ようやく申請をかけてくれました。
その後
介護認定調査員が区分変更のための
調査にやってきまして
母親と懇談しながらも、母親の様子を
じっくりと観察しているようでした。
私は母親の日常的な徘徊に加えて
深夜の徘徊が始まった事なども伝えると
(お花畑の家を探して〜徘徊〜詳細)
私にこう言いました。
「これはひどい状況だ。
よくお1人でここまで
頑張ってこられましたね。。。
いやぁ大変だなぁ。。。
大丈夫ですよ!!この現状を必ず審査会に
私が責任を持って訴えますから!!!」
この心暖かな調査員さんのお言葉に
涙腺が思わず、うるんでしまいそうでした。
そして私はF老健の相談員さんから
頂いた貴重なリストを見ながら
車を所持していなくても
私が面会に行けそうな
特養施設(特別養護老人ホーム)に
次次と電話で問い合わせを致しまして
申込書を送って頂きました。
特養施設も施設ごとに
多床部屋、ユニット、
特色や理念の違いがありますので
私が経験した良い施設の選び方は
のちのブログに書いていきますので
ここでは省略致します。
いつも心に感じていた
親身ではなく
何事にも消極的な
ケアマネとしての不十分な対応にも
心から赦せる自分になれた時
ケアマネが変わっていきました。
その後、すぐに
介護認定4という結果が出ましたが
各特養施設の申込書を
ポストに投函していた時には
介護認定区分変更中と記して
申込みをしていました。
ケアマネが
私が申し込んだ各施設に
介護認定4になった事を伝えるのと
入所待機状況を
自ら
聞いてくれると言い出したのです。
私をサポートしてくれる人達が
1人また1人と、現れていきました。
東京のこの地域では
特養施設は申込みをしてからも
最低一年は待つと言われていますが
申込書をポストに投函してから
なんと❗️
1か月でFホームという特養施設から
連絡を頂きました。
「あなたのお母様が当施設入所への
候補に上がっております。
ぜひ面接にお伺いしたいのですが」
小規模多機能ケアハウスKの
ディサービス中に
母親の様子を見に来たいという事なので
ケアマネに相談して
早速日時を決めました。
初老のとても感じの良い相談員さんと
看護士さん、介護マネージャーの3人が
こちらにいらっしゃいました。
「状況は良くわかりました!
施設に戻って、早速、審査会議にかけます」
そう相談員さんは言って
帰られてから
その日の夜に
私の携帯が鳴り響きました。
それは
入所決定の連絡でした。
これで母親の生命は護られるんだ!
アルツハイマー型認知症の
母親の介護のために
国際離婚をして永住帰国をしたけれど
右も左もわからず
頼れる親族もおらず
今日まで、悪戦苦闘しながら、
デコボコ道を
必死で地面に這いつくばりながら
歩いてきたけれど
在宅介護をやりきったんだ。
これからは
介護のプロの方達にお任せしよう。。
私はもうFreeなんだ。。。
安堵感と人生の大きな課題を
やり遂げたという感慨と
辛く苦しかった記憶とが交差して
感動の涙が次から次へと溢れて
止まりませんでした。
入所決定後も
まだ施設側の準備のために
入所まで通常は
1か月〜3か月はかかると
聞いていたのですが
「明日からでもいつでも大丈夫です。
お母様のためのベッドを空けてあります」
運命の扉は一度開かれると
ミラクルは連続してやってきます。
私の方があまりの急展開に
心の準備ができないほどでした。
ベストなタイミングで
母親の入所が決まったために
この後
ずっと前から長男に懇願され続けていた
ハイスクールの晴れの卒業式に
フロリダまで
私は母親として参列する願いが
叶いました。
母親の洋服、下着、身の回りの持ち物
全てにおなまえペンで、
一つ一つ、丁寧に名前を書いていると
施設に馴染めるかなぁ〜?
団体生活ができるかなぁ〜?
職員の方達は優しく接してくれるかな〜?
などなど思いが巡り
それは
幼稚園の初登園の日に
愛する我が子供を送り出す母親達の心境と
同じになっていました。
でも私の心配とは裏腹に
施設に入所後の母親はとても穏やかに
なりました。
小規模多機能ケアハウスKのサービスと
私の通所介護でも
1人暮らしはさぞ心細かったのでしょう。
在宅介護中の母親の顔つきは
虚ろな焦点の合わない目と
険しい顔をしていました。
もしかしたら
私の顔も険しい顔つきに
なっていたのかもしれません。
Photo by Hirono
あなたの笑顔がそこにあるのなら
たとえ私のことを
忘れてしまう日がきても
淋しさも哀しさも
なにも後悔がないの。
そして
私はあなたを
そっと見守り続けていくから。
あなたの笑顔を
ずっと護り続けていくから。
たとえ私のことを
忘れてしまう日がきても
淋しさも哀しさも
なにも後悔がないの。
そして
私はあなたを
そっと見守り続けていくから。
あなたの笑顔を
ずっと護り続けていくから。
米国から
応援してくれていた愛する子供達
米国の大切な友人達
日本で私と母親に関わってくれた
大切な友人達、音楽仲間達
ご近所の方達、近隣のお店の方達
見ず知らずの通りがかりの方達
保護して頂いた警察官の方達
ケアマネ及びにケアハウスKの職員の方達
介護職関係者の方達
Fホームの職員の方達
そして、私のブログの読者の皆様達
訪問に来て頂いた皆様達
全ての方達に
愛と感謝の思いをこめて🌸
比桜乃
鬱病、離婚、夫婦関係、
アダルトチルドレン
介護等のお悩み、カウンセリングの
お問い合わせは
メッセージまたはこちらから🌸
atlanticbluesea@gmail.com

