今日も
介護が終わっても
催眠療法心理セラピスト(ひろの)の
不定期な⁉️ブログに訪問を頂きました
親愛なる皆様🌺
誠にいつもありがとうございます。
お元気でお過ごしでしょうか?
先日、ケアマネージャーから
私が経験してきた”介護体験”を
ぜひ、世の中の介護にたずさわる人達に
語ってほしいと言われたのを
キッカケに
家族会などの講演を
させて頂く事になりました。
それなのでブログからも発信させて
頂こうと思います。
現在、介護にたずさわって
日々、奮闘していらっしゃる皆様、
また、今はそうではなくても
いつか皆様の大切なご家族に
介護が必要になった時に
そんな介護の事を書いてあった
ブログがあったなぁ?と
思い出して頂けたら幸いです。
本題に入りますが
介護とは自分が
壊れない努力をすることです。
あなたの身を護るのはあなたしかいない。
また介護を必要とされている
大切なご家族を護るのもあなたしかいない。
あなたが倒れてしまったら
本末転倒なのです。
だから、私は自分が壊れない努力を
し続けてきました。
共倒れを回避するためには
手抜きと気晴らしが
絶対に必要不可欠です。
長年、米国で暮らしてきた私は
母親の介護のための国際離婚をして
帰国しましたが
まずは今の日本の社会情勢から
学んでいかなければなりませんでした。
良き時代の日本しか知らないですから。
ケアマネージャーとは?
介護保険とは?介護認定とは?
ディサービスとは?特養施設とは?
などなど、
私にとっては、全てが
初めて聞く日本語の単語ばかりでした。
介護という深い深い霧の中を
必死で手探りしながら
今日まで歩いてきました。
帰国当初は
認知症と診断された母親の対応も
全くわからず
ただただ、なんでもかんでも
自分の限界まで
一生懸命にやってしまいました。
結果、急激な環境変化による
急性胃腸炎、大腸炎、
精神的ストレスからのめまい、吐き気で、
全く寝床から
起き上がる事ができない状態に。
その時に感じた事が
このままでは共倒れになる。。。
私の方が、母親よりも
ストレスで
先に逝ってしまうかもしれない。。
当時、
都営団地の建て替えにより
新築のワンルームの部屋に
母親は引っ越したばかりでした。
たった6畳一間に、
認知症の暴言を吐き散らす
母親との同居生活でした。
母親の執拗な暴言悪態から
早朝、深夜の逃げ場がない時には
トイレに立てこもりました。
嵐が通り過ぎるのを
耳栓をしてじっと待つ。。。
耳栓とイヤフォンは
私の必須アイテムでした。
一度、病床に倒れてからは、
ヘルパーさんに週末は来てもらい
大好きな美術館めぐりをしたり
近場の日帰り温泉に行ってみたり
気晴らしを取り入れていきました。
母親に喜んでもらおうと
食事も手作りで頑張っていましたが
とにかく好き嫌いの激しい母親は
不平不満を言い
全く手をつけない事も多く
その度に私の中で
落胆と怒りが込み上げてきましたので
母親の食事は
お弁当に切り替えていきました。
たとえ母親がそれを食べなかったとしても
私の貴重な時間も作業も
それに費やしてはいないので
精神的なストレスが軽減しました。
こういう今まで
一生懸命にやっていた一つ一つの事を
手抜きをして、
気晴らしを取り入れてからは
病床に倒れたことは一度もありません。
介護には
終わりの日が必ず来ます。
しかし、その終わりの日が
いつなのか⁉️
来る日も来る日も、全く見えません。
ロングランになるかもしれないし
ショートランで済むかもしれません。
人のために生きる介護の人生は
ふつーうに生きている時よりも
はるかに魂の最善の尊い行を
日々、積み重ねています。
仏教言うなれば、菩薩行なわけです。
だから介護終えた時には
もっともっと楽しい人生を
もっともっと歓びある人生を送るために
何にも誰にも縛られない
自由な人生が
ちゃんと用意されていますので
あなたがそれまでに
精神的ストレスと肉体的疲労とで
壊れてしまってはいけない
のです。
介護が終わっても
あなたの人生は続いていくのです。
介護中の皆様
どうか
自分が壊れない努力をし続けて下さい。
手抜き、気晴らしをどんどん
取り入れて
少しでも笑顔になれる時間を作って下さい。
そしてヘルパーさんやケアマネージャー
介護全般ににたずさわる
お仕事をされている皆様。
その温かな手と気配りの心に
どれだけの人達が
日々、
救われていることでしょうか。
今日も親愛なる皆様に感謝して。
比桜乃のブログを最後まで読んで頂き
ありがとうございました🌸
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