今日もお忙しいところ
私のブログにお立ち寄り下さいまして
ありがとうございます。
春のような淡い木漏れ日と
爽やかな風が揺れている連日ですが
皆様、どのようにお過ごしでしょうか?


{E038905B-BBC6-4FDE-B3DC-FDC54B137502}
Photo by Hirono (フロリダの夕陽の海)

私達は
辛く苦しい人生ばかりを歩いていると
いつのまにか、心を閉ざしてしまい
光を遮り、
目の前に見えているものまで
見えなくなってしまう時があります。

愛を求めて、心のオアシスを探して
砂漠をひたすら歩き続けるのですが
どこまでも、それは遠く彼方にあり
辿り着く事ができず
心は乾き、悶え、
疲れきってしまうものです。


お花畑の住人となった母親の
白髪と痩せ細った
年老いている後ろ姿を見ていたときに

私はこの人に
本当は愛されたかったんだ!!!

そう素直な感情が湧き上がり
それは湧き水のように溢れてきました。

母親に髪を梳かしてもらったことも
頰を撫でてもらったことも
ぎゅっと抱きしめてもらったことも
私の記憶にはありません。

どんなに愛されたくても、
母親に愛されることがなかったから
心を閉ざして、生きてきてしまいました。

この先も、もしかしたら
母親は私のことを
愛してはくれないまま
逝ってしまうかもしれない。

それでも私は母親を愛している。
そこに意地もプライドも必要ない。
たとえ
この世界の
誰が私を愛してくれなかったとしても
私を取り巻く環境や世界や人々を
私が愛すればいいことなんだ。

オアシス
この世の一人残らず、
全ての人の心の中に在るのです。

自分の心が
北風しか感じられないとき
オアシスは砂嵐の中にあり
すぐそこにあるのに気づけずに、
永遠の旅人になってしまいます。



私やあなたが
「愛されること」よりも
「愛すること」を選んだときに
そのオアシスが自分の中に視えるのです。



たとえどんな相手であっても
私やあなたが
その相手に何かの手助けをするとき
又は手助けをしなくてはいけないとき
動機が義務感であったとしても
それはとても純粋な愛です。

しかし、その相手に
見返りを求めた瞬間から
そのピュアな思いは
“親切の押し付け”になってしまいます。

無償の愛
とは
相手に一切の期待を手離すことなのです。
一切の見返りを求めずに
自分が愛し続けることです。

プラスでもマイナスでもない
始まりも終わりもない
陰でも陽でもない
ゼロの地点に
無償の愛はあるのです。


あなたが「愛されること」よりも
「愛すること」の人生の選択をしたとき

宇宙からの光の粒子と
愛の波動を全身に感じることでしょう。