今日もご多忙中、
ブログにお立ち寄り下さいまして
ありがとうございます。
インフルエンザが日本でも米国でも
猛威をふるっておりますので
十分にお気をつけて下さいませ。
ブログジャンルを変更させて頂きまして
「国際離婚体験談」だけに留まらず
あらゆる視点からのブログ展開を
させて頂きますので
今後とも引き続き、宜しくお願い致します。
「国際離婚体験談」の読者の皆様
今しばらくお待ち下さいませ。
K大学病院で、認知症のある母は
治療に協力的ではないという理由から
昼夜において、強い鎮静剤と拘束帯での
”人手不足拘束治療“だったために
急速に認知症が進行したようで
これ以上の治療は無意味と判断をして
2月2日に退院をさせて
在宅介護に切り替えを致しました。
母親は3年前に
都営住宅の建て替えのために
住み慣れた号棟の3DKの部屋から
新築の1ルームへと
強制的に移動をさせられましたので
在宅介護といっても
その1ルームしかない部屋に
私は泊まりこみになりました。
最初の難関はやはりオムツ交換。
視覚は乗り越えられても
嗅覚だけは、辛いものがあり
部屋中に糞尿臭が充満します。
「消臭◯空間」の特大を
いくつか買ってきて
それはお役にたちましたが
”臭い“というものは鼻にこびりつき
糞尿臭が自分にまで
染み込んでいるような気がしてきます。
入院により
母親は、完全にお花畑の
住人になってしまい
一方通行の会話しかできません。
会話というよりは、お花畑での話を
四六時中
ただ私は頷いて、返事をして
聞いているだけですが
突然、母親は悪態スィッチが入ります。
性格がもともと、
強情で短気で、プライドばかりが高いため
認知症になっても
素直に容易に
オムツ交換など、させてはもらえません。
かなり根気のいる手順をふみます。
心臓と肺に水が溜まって
心不全の発作を起こさないために
処方された利尿剤を飲ませているので
尿の回数も多く
母親の拒絶に従い、油断をしていれば
すぐにそれらはオムツから
溢れ出してきます。
ある日、母親が寝ている隙を見て
買い物へと出かけ、帰宅してみると
玄関からはすでに異臭が漂いましたので
嫌な予感がしましたが
母親はすでに起きていました。
1ルームで押入れも狭いために
私が寝ている布団や毛布類は
押入れにしまうことができないため
たたんで外出したのですが。。。
私の寝ている布団や毛布類が
なぜか広げてあり
そこには
尿臭漂う、大きな世界地図の展開。。。
そして私の視界に入った母親の姿が❗️❗️❗️
下半身はすっぽんぽん。
オムツは脱ぎ捨てて
部屋にある小さな椅子に座って
シワだらけの皮と骨ばかりになって
細くなった足が異様に目立ち
パンを貪り食べている姿。
一瞬、目を疑いましたが
母親ではなく
そこにいるのは
地獄絵にある餓鬼界に住む老婆
の形相でした。
母親には見えませんでした。
と言うよりも、母親だとは
思いたくなかった、というのが正解でしょう。
しかしこういう在宅介護の体験を
私は繰り返していくうちに
私の目に映っている
糞尿まみれの母親の姿は
現実の世界に
映し出されているホログラムであって
真実の姿は
生命は穢れない光の存在
であるという真理に行きついたのです。
認知症になった母親は
こんな状態で生きていても
幸せなのだろうか???と
自問自答していた時期があります。
その答えは
母親は私のために、あちらの世界へ
逝くことができないのだと
私のために、この現実世界に
とどまっていて
くれているのだと思うのです。
私がここから最終的に
何かを学ぶべきものがあり
その次元を超えていった時に
母親の魂は、速やかに
あちらの世界へ移行ができるのではないか。
誰にでも、どなたにでも
闇の部分が人生にはあると思います。
私の波乱万丈な人生も
”闇の連続❗️”だと思う人が
もしかしたら、いるかもしれません。
でも“闇”は闇のままにすることも
“光”に変えることもできるのです。
“闇”の体験は、そのまま
“光”の体験として、
あなたの人生を輝かせる事ができます。
まわりの誰かが
あなたをジャッジするのではなく
あなたが決断することが重要です。
私は、人生で起きる全ての出来事は
究極な“愛”を学ぶための
プロセスだと思っています。
この世に生まれてきた人間の魂は
“愛を学ぶため”にあると言っても
過言ではないでしょう。
暗闇は、私達に恐怖心を
植え付け、それを助長させて行きます。
その恐怖心に打ち勝てるものは
“愛”しかないのです。
私の生命も、あなたの生命も
あなたの大切な恋人や、家族の人達、
また、私達が嫌悪してしまう人達も
生命の本質は、
穢れなき光の存在なのです。
