子供の頃に父親が食道癌で急逝して以来
兄弟姉妹も、他に頼れる親族もなく
私は全く性格の合わない母親と
母子家庭で暮らしてきたので
"ごくふつーの平和な家庭を持ちたい"
そう望めば望むほど
なぜか私の"幸せ"は遠くなっていきます。
しかしこんな状況の毎日でも
子供達のために
家族は壊したくないと思っていました。
私からの"離婚"を決意する勇気がありません
"ごくふつーの家庭"は
日ごとに手の届かない遠いところへといき
壊れていく家族でしたけれど。。
長女の原因を突き止めたいと
インターネットで探りあてた
ADHDという言葉。
当時はまだ子供の発達障害というものが
まだあまり世間には
知られていない時代でしたので
小児科の精神科医というのもまだ希少で
専門医になると
都内に一件ほどしかなくて
それも半年以上先の予約の受診でした。
原因がハッキリと診断されれば
夫の長女に対するシツケの仕方が(虐待)
変わるのでないかと思い
私は必死ですぐに診てもらえる専門医を
探すのですが見つけられません。
米軍病院には、何故か?!夫の反対があって
アポを取る事ができませんでした。
ようやく近場で
"児童心理研究所"というのを発見して
連絡を取ってみると
医師ではないので薬の処方などは
できないけれど、児童のADHDなどの
発達障害を研究をしているので
判断はする事はできるとの返事でしたので
長女を連れて訪ねてみました。
長女をそこで3時間くらい
自由に遊ばせて
いろいろな角度から、観察した結果
やはり、"ADHDの傾向が強い"ので
一度、専門医に診せた方が良いと
受診を勧められました。
その事を早速、帰宅した夫に話すと
"子供なんてみんな落ち着きないんだから
長女はそんな精神疾患などはない!"と
またしても私の意見を却下。。
専業主婦だった私は
夫よりもはるかに子供達と一緒にいる
時間が長いのに
なぜ母親の意見をこの男は
無視するのだろう?!
なんとしても、
夫の長女へのシツケの仕方を
変えさせなくてはいけない。。。
夫のアルコール依存症と酒乱にも
私は悩まされ続け
明けることのない夜の長い暗闇から
抜け出せる術がないように感じていました。

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兄弟姉妹も、他に頼れる親族もなく
私は全く性格の合わない母親と
母子家庭で暮らしてきたので
"ごくふつーの平和な家庭を持ちたい"
そう望めば望むほど
なぜか私の"幸せ"は遠くなっていきます。
しかしこんな状況の毎日でも
子供達のために
家族は壊したくないと思っていました。
私からの"離婚"を決意する勇気がありません
"ごくふつーの家庭"は
日ごとに手の届かない遠いところへといき
壊れていく家族でしたけれど。。
長女の原因を突き止めたいと
インターネットで探りあてた
ADHDという言葉。
当時はまだ子供の発達障害というものが
まだあまり世間には
知られていない時代でしたので
小児科の精神科医というのもまだ希少で
専門医になると
都内に一件ほどしかなくて
それも半年以上先の予約の受診でした。
原因がハッキリと診断されれば
夫の長女に対するシツケの仕方が(虐待)
変わるのでないかと思い
私は必死ですぐに診てもらえる専門医を
探すのですが見つけられません。
米軍病院には、何故か?!夫の反対があって
アポを取る事ができませんでした。
ようやく近場で
"児童心理研究所"というのを発見して
連絡を取ってみると
医師ではないので薬の処方などは
できないけれど、児童のADHDなどの
発達障害を研究をしているので
判断はする事はできるとの返事でしたので
長女を連れて訪ねてみました。
長女をそこで3時間くらい
自由に遊ばせて
いろいろな角度から、観察した結果
やはり、"ADHDの傾向が強い"ので
一度、専門医に診せた方が良いと
受診を勧められました。
その事を早速、帰宅した夫に話すと
"子供なんてみんな落ち着きないんだから
長女はそんな精神疾患などはない!"と
またしても私の意見を却下。。
専業主婦だった私は
夫よりもはるかに子供達と一緒にいる
時間が長いのに
なぜ母親の意見をこの男は
無視するのだろう?!
なんとしても、
夫の長女へのシツケの仕方を
変えさせなくてはいけない。。。
夫のアルコール依存症と酒乱にも
私は悩まされ続け
明けることのない夜の長い暗闇から
抜け出せる術がないように感じていました。
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