私が始めた事は、毎朝、セーラに
"Hi Sara! Good morning! How are you?"
(ハイ!セーラ!おはよう!元気?)
と、挨拶をする事でした。
彼女が私を完全無視しようが
私の姿を眼中に入れてくれなくても
ヘコたれず、その挨拶を
毎日、欠かさずに続けていきました。
一見、当たり前の挨拶なんですが
"彼女の名前"を必ず言う事にしたのです。
それは、
"あなたの存在を私は認めているよ"
そういう私からのメッセージでした。

次に、カップケーキを焼くから
我が家に遊びに来ない?と
女の子達を誘う事にしました。
やっぱり子供は、他人の家にある
オモチャ類には興味があるものです。
始めは
いぶかしい顏をしていた彼女達ですが
たまに遊びに来るようになりました。
長女に笑顔が戻ります。
日本の古い文化に
"同じ釜の飯を一緒に食べると
お互いの信頼感や連帯感が生まれる"
というのがあります。
本当に不思議ですが、みんな笑顔になります
時にはカップケーキ、時にはピザだったり。
セーラは1度だけ遊びに来ました。
イジメっ子なんかじゃなく
無邪気な笑顔を
初めて見る事ができましたが
翌日には態度がまた元に戻りました。
相変わらず私と長女を無視!なのですが
それでも一歩、前進できたと
私は思いました。
しばらくして、
私がセーラにいつもの朝の挨拶をした時に
小さな声で初めて"Hi"と一度だけ
答えてくれた後から
彼女を見かけなくなり、
いつのまにか、引っ越しをしていました。
実父の方と、一緒に住む事になったのだと
風のウワサで聞きました。
イジメっ子だったというよりも
なぜか彼女の心の痛みだけが
私の中に残って
風の様に去っていったセーラを思うと
複雑な心境になりました。
その後は、私達もまた異動となり
長くて短かった様な?
イジメとの格闘の一年間でしたが
MS州をあとにします。

長女は喜怒哀楽が激しくて
嬉しい時には人一倍、
動き回っては、はしゃいで騒ぎ
エネルギーが尽きる事がありません。
しかし落ち込む時には、
地球が滅亡するかの様に悲嘆します。
空気が読めないのと
相手の話してる事を的確に理解できないので
突拍子もない言動や行動をします。
まわりの子供達よりも
そういう個性が強い分、
イジメに合い易いのだと
私はここの土地で知る事ができました。

そして私はまだこの時点では
ADHDという言葉も知識もなかったので
まわりの子供達よりも、
育てずらさを感じていましたが
これから、さらに
長女の奇異な行動が目立っていきます。


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