とにかく裁判所へ行こう。
そこで離婚書類なるものをもらってくる事、
そこからがスタートだ。

日本人が日本の市役所に
離婚届けをもらいに行く感覚で
「スイマセーン、離婚の書類を
もらいたいんですが〜」

そこの窓口担当係が
何やらガサゴソよっこらしょと
出してきてくれました。

「Oh!My Gosh!!」
>和訳「えっ?!マジ?!」

なんと500ページにものぼる
分厚い一式の離婚書類が!!
愕然とする私。。

そして「20ドルね〜」と。

「えっ?!マジ?! お金もとるの?!」

ダブルショックを何とか隠しながら
所持金、財布の中を覗くと20ドル札が2枚。
ギリギリ払えるな。。

そうです。米国で無料なものは何一つ
無いのです。
どんな事でも、どんなものでも
財布から絞り取られます。
唯一、無料なものと言えばフリーウェイ。。

その分厚い一式の離婚書類を抱え
すっかり日本人感覚でいた私は
ショックでよろけていましたが

隣にいてくれた長女が
気をきかせてくれて
その担当係に聞いてくれました。
「ママは日本へ帰国するので
裁判所の呼び出しに(調停に)
出頭できないかもしれないけれど
その場合はどうしたら良いのかしら?」と。

何で長女がこの事を
心配してくれていたかと言うと
米国の場合、裁判所からの呼び出しに
出頭しなかった場合
裁判所命令を放棄した罪で
逮捕されちゃう事があります。

それなので、
私が米国に再入国しようとした時に
一歩も米国の土地へ出る事なく
空港でそのまま強制連行、留置所行き〜〜
があり得るのです。

その担当係は
夫が 離婚裁判を"訴える人"になって
私が"訴えられる人"になるしかないと。
"訴えられる人"になれば
調停に出頭しなくても
大丈夫だと説明してくれました。

要は、訴える者勝ちになるという事です。
そこで私にとって
どんな、不本意な不利なやり取りや
条件になろうとも
丸呑みするしかないという事なのです。

それが弁護士を立てないという事です。

元夫に対しては、不信の塊でしたので
不安と心配も多々ありましたが
それしか今の私には方法がありませんでした

長女は、この離婚闘争の間
日本人の私には、難しくてわからない事は
手伝ってくれて、支えていてくれた
唯一の味方でした。

今でも長女には本当に感謝しています。

彼女が高校生時代には
非行に走り、マリファナや飲酒、
家庭内暴力で
留置所に何度も入った事が
また何度も、彼女にこころを痛めた事が
今では遠い昔に思えます。

"毒が変じて、良薬になった"彼女を
私はいつも誇りに思い、
この先も、母娘であると共に
ベストフレンドであり続けたいと思います。




クリック応援お願い致しますm(_ _)m
にほんブログ村 離婚