半年後にはまた日本に帰国する事を約束して
一時、米国に戻りました。
(この辺の内容は"介護の道はイバラの道
プロローグ"を読んで下さいね)
元夫の私への誹謗中傷のお陰様で
私に貼られたレッテルはこれ。

"家族を放り出して、
日本でオトコと遊び呆けていた母親"

子供達の私への誤解は解けていきましたが
私の中傷を
元夫から聞かされていた友人達とは
なんだか関係がギクシャク。。。

わかってくれる人は
いつかわかってくれればそれでいい。
元夫は超外ズラの良い人なので
"オトコと遊び呆けていたワイフを信じて、
じっと待っていた悲劇の夫"
そういうシナリオになっているだろう。。
私から誤解を解こうと
友人達に話しをしてみたところで
誰も私の事なんて、信じないだろう。。
それどころか、余計に言い訳がましく
人は不信に思うものだろう。。

米国に戻ると元夫からは
米国の家族を取るか、
日本にいる母親を取るか
その選択を毎日の様に迫られました。
どちらも私と血の繋がった家族。
どちらも大切で選ぶ事なんてできない。

子供達の成長を見守って行きたい
でも認知の母親はもう1人暮らしはできない

なんで選択しなきゃならないんだろう。。
これが国際結婚を選んだ現実問題。

日本に滞在中に抗ウツ剤を
手離す事ができたのに
またウツが重度に悪化。。。
おまけに眠る事が大好きだった私が
重度の不眠症に。。。
いくら疲れていても眠れない。。。
睡眠障害専門の病院で診察を受けましたが
強い睡眠導入剤をくれるだけで
何にも解決なし。
ホームドクターの診察を受けても
抗うつ剤の再服用と睡眠薬を勧めるだけで
何にも解決なし。

この国は私をドラッグ中毒にしたいのかぁ〜

自殺防止のために、強制的に
カウンセラーへのアポを取らされたけど
彼女は清潔感がなく、心を開いて
話したいようなタイプとはほど遠く
一回カウセリングを受けただけで
ノーリターン。
何にも解決なし。

私のタイムリミットは半年。

子供達の学校への送迎があるために
睡眠導入剤を飲む事ができず
不眠とウツのダブルコンビで
毎日ゾンビ状態の私。。

それでもまだ小学生中学年の次女と
一緒の時間を過ごしたくて
米国に戻ってからは
一緒のベッドで寝起きをして
ブラウニーやカップケーキを
一緒に作ったりしました。

専業主婦だった私がいなくなったら
この子供達はどうなるんだろう。。
1人娘の私が日本に帰国しなかったら
認知の母親はどうなるんだろう。。

いくら悩んでも苦しんでも、もがいても
ベストアンサーはでてこない。。

国際離婚へのデコボコ道のりその2へ続く。。