長らく
諸々の事情により
日本への里帰りができていませんでした。

米国でのある夜のこと
地域包括支援センターの所長という人と
ケアマネージャーという人の
(当時、初めて聞いた肩書きの方達でした)
お二人からの国際電話がありました。

母親が認知??まさか??ウソでしょう。。

という事ですぐにでも帰国してもらえないか
という主旨のお話で
母親の状況を教えて頂きました。

当初、3〜4ヶ月の滞在予定が
とても米国に戻れる状況ではなく
私の帰国する少し前に
団地の建て替えにより
母親は3DKの部屋から
高齢者用のワンルームアパートに
引っ越しをしたばかりで
荷物がゴロゴロ、足の踏み場もない状況。
必死で片付けて、必要のないモノ達は
母親に内緒で処分。
母親の暴言や悪態に悩まされながら
嵐の様な半年が過ぎ〜
元夫からは毎日の様に早く帰って来い!
いつまで日本にいるんだ!
お怒りのお電話&メール攻撃が。。。
そう言われても、米国在住していたために
介護関係の事がサッパリわからず〜
いろいろな問題に頭を抱え
母親の認知症状に悪戦苦闘の
修羅場の毎日。。

この日々奮闘の介護生活は、
1年近くになろうと
していました。
この期間、子供達に会いたい!
元気にしているだろうか。。
と、子供達を偲ぶ毎日でしたが
なぜか。。元夫を恋しいと思った日が
一度もありませんでした。
それどころか、介護への理解はされず
元夫の口から毎回出てくるのは
私と母親への愚痴と中傷非難でしたので
もう電話にも出たくない心境。。。
そして電話に出なかったりすると
日本にオトコができたと騒ぎたてられ。。
オトコ?!と遊び呆けていると勘違いされ。。
そのお陰様で
子供達にも、
米国の友人達にも非難され誤解され。。

あぁ私には味方が誰もいない。。。
泣きたい気分。。。

私にとって夫婦って何なんだろう。。
家族とは何だろう。。
友人とは何だろう。。

こんな時に限って
グリーンカードの更新切れになってしまい
やはりどうしても米国へと
一度戻らなければ、再入国が厳しくなる。

半年後にまた帰国するという約束をして
アルツハイマー型の
認知が進行している母親を
ケアマネジャーとヘルパーさん達に頼み
後ろ髪を引かれる思いで
一時出国したのでした。