久しぶりの名馬シリーズということで、1992(平成4)年の第19回福山ダービー優勝馬イナリセンプーを取り上げてみたいと思います。

 

重賞勝ちは福山ダービーのみなので名馬と呼ばれるには実績が少々足りないところですが、個人的な思い入れも含めて、ということでのご紹介を。

 

 

この年の旧4歳世代は、快速牝馬ラビットジョージが世代をリードしていたものの、500キロを超える馬体を支えた脚が悲鳴を上げて、年明け初戦のあとから戦線離脱。

 

「大器」と評判のキヨラカホワイトも「1000万のイムラッド(※)」と噂されたフクユウイーグルも取りこぼしが多く、ボールドファストやキヨラカエルは本格化にやや手間取っているという状況。

 

そんな中、岡田祥嗣騎手のイムラッドキングが2月のキングカップで人馬ともに重賞初制覇を成し遂げ、一歩リードの状況で第19回福山ダービーを迎えました。

 


(※ 1000万円で取引されたイムラッド産駒という意味です。アラブがこの金額で取引されるという例は少なく、それだけ評価が高かったということです。ただ、もしかすると記憶違いでフクユウイーグルではなかったかもしれませんので、その場合はゴメンナサイ)

 

 

福山ダービーの出走馬は、戦線離脱や回避が続いて8頭と寂しい頭数に。

 

重賞勝ち馬は、キングカップ優勝のイムラッドキングとクイーンカップ優勝のヒラノエンゼルのみで、両馬ともその1勝のみ。

 

特別競走まで広げても若駒賞のニシキノタイザン、ジュニアカップのサツキテンフォー、それにデイリースポーツ賞のイナリセンプーの3頭で、こちらもそれぞれその1勝のみ。

 

実に小粒なメンバー構成となったのでした。

 

 


現在は中央競馬で活躍する岡田祥嗣騎手も、このときデビュー2年目。

 

ダービーの1番人気はさすがに重圧だったのでしょうか、本調子には遠かったはずのヒラノエンゼルの逃げを深追いしてしまい、かなり早くに先頭に立ってしまいます。

 


そこを見逃さなかったのが、リーディングジョッキー鋤田誠二騎手。

 

テン乗りのイナリセンプーを内から押し上げ、最後の脚が鈍ったイムラッドキングを3/4馬身、差し切ってみせました。

 

まさに“the highest run”、生涯最高の走りを最高の舞台で披露したのでした。

 

 

 

 




(「ハロン」平成4年6月号から複写しました。)

 

 

 

 

(つづく)