さて、

次なるお寺は館山市内の妙音院。


第二次世界大戦の空襲にも

ひっそりと生き延びた山門です。


昔、とある老女がここを訪れて、

ここは地形が素晴らしく、

ぜひここで88箇所巡りのお寺を開きなさいと進言したそうで、

高野山に直接申し出てここに作ったとか。


安房高野山八十八箇所霊場の案内が。



ここを潜って登っていきます。


ひとけのない鬱蒼とした階段を分けいって。

少しおどろおどろしい道をズンズン進みます。

一段一段、滑らないようにゆっくり、ゆっくり。

行手には、

一体一体、お坊さんの像が祈りを捧げています。

なんだか写真を撮るのはおこがましいようで、

一枚も撮れず。

でも、なぜかこの一枚だけ。なぜだろう。



自分にもよくわかりませんが、

これなら良いと訴えるものがあったのでしょう。


降りて来てウケたのが、

看板にあった言葉の数々。

平成8年とありますが、

これが書かれた時代は、おそらくもっと遡って、

平均寿命が60代くらいだったのでしょうね。



数字は年齢を表していると思われます。

58番 此処より下り坂、人生昇りだけでなく下りの苦難が多いでしょう。

65番 人生で1番大変なことが起こる時のようです。健康大切に。


一つ一つにウンウンとうなづきながら、

68番で爆笑です。

68番 もう自分の人生にけじめをつける時でしょう。

   未練を残さずに。


思わず「はい!」と。


81番 米寿まで険しい坂を下ります。人生最終の化粧です。

88番 米寿まできました。おめでとうございます。


おー、88歳はめでたくも幸せな年齢なのですね。


長寿でいたいと願った時代、

長寿は幸せと思った時代、


超長寿を手にした現代。

みんな本当に幸せだろうか。


「90歳、何がめでたい!」


今旬のこの言葉が胸に刺さります。


社会も個人も問題は山積ですが、

命の最後まで力一杯生きなきゃね。

自分らしく生かせてもらえるのかしら。


私の場合、

健康があって、仕事があって、ボランティアもできて、

一応暮らしは自転車操業の貧乏ヒマなしだけれど、

今ほど幸せに感じた時はありません。

明日どうなるかわからないけれど、

今こうしてブログを書いて、

1人でも読んでくださる人がいるというのは

またとない幸せなこと。


日々無事に過ぎることもまた

この年齢になると奇跡のようなこと。


いくつもの小さな幸せを十分に噛み締めています。


いつも読んでくださりありがとうございます。