震災から一年。
昨日の浮かれたご報告の後、少し反省しました。
ちょうど一年前、私は東西線日本橋駅ホームにいました。
前の電車に乗り損なって悔しがった直後のことでした。
もしもあの時電車に乗っていたら、
不安のまま地下鉄の車内に1時間以上閉じ込められていたかもしれません。
もしも、市川あたりで地震にあっていたら、
千葉に向かって朝まで歩き続けたかもしれません。
耐えがたい寒さと空腹と疲れで、どこかの軒下に倒れていたかもです。
たまたま日本橋にいたので実家にたどり着けました。
老いた母のそばで一夜を過ごせました。
親を助けに駆けつけたつもりが、気がつけば自分が帰宅難民。
何十年振りかの実家泊。ひっきりなしに続く余震も怖くありませんでした。
この言い方は良いのか悪いのか、私はついていました。
怖かったのはむしろ原発事故。
一度は流れたメルトダウン報道で、テレビにくぎ付けとなり震撼としていました。
翌日のセラピスト実技試験は中止。
他の家族との連絡がとれない苛立ちとともに、
力尽きてただの箱となったケータイをむなしく見つめていました。
これですべてが変わると思いました。
日本も自分もいままでとは違う険しい道をたどることだろうと。
一年が過ぎて、自分はどう変わっただろう。
セラピストになる夢は、ゆっくりになったけれど消えたわけではなく、
ポプリという新たに夢中になるものも見つけ、来年への希望もつないでいます。
明日という日に危機を感じたあの日を思えば、
今日また無事に過ごせたことに感謝の念が強まります。
自分が普通に過ごしていることを思えば思うほど、
やはりあの経験を忘れてはいけないと思います。
日々生き延びていることに感謝し、
自分だけで生きているのではないことを肝に銘じ、
これまでの人生において出会った、また、これから出会う人達との縁を
大切にはぐくんでいきたいと思います。
皆さま本当にありがとうございます。
ところで、昨日、JHS千葉支部の石原さんから会報が届きました。
サシェを作って被災地に送るという提案です。
サシェ?ポプリのことです。
「眠れない」「不安」などの悩みを少しでも和らげられるなら。
チクチク頑張りましょう。
ちょうど、リバティー柄のハギレが手に入ったところです。
さっそく、チクチクチクチク。
確かに少し変わったかもしれません。