実家の母の回復に一喜一憂している間に、



連れの母が突然亡くなりました。



93歳。



晩年は病院で意識が遠のいたまま、寝たきりの時間が長く続きました。



でも、初孫のKちゃんが北海道に戻るのを待ち、



近くで見守られておだやかに過ごしました。



041



都会の形式だけの葬式と違って、地方のの葬儀は



故人の人生を短く紹介するのがいいですね。



「野菜の栽培をしながら花嫁修業をされ・・・」との言葉に、



私の知らない若かりし頃の義母の乙女の姿がふいに浮かびました。



恥じらう頃の姿、子育てに頑張る姿、近所の人達と仕事にいそしむ姿・・・



誕生から年を経る様子を追って、



幼いひ孫や年頃の孫たちの姿を重ね、自分の姿を重ねました。



043 (ふきのとう)



花好きで底抜けに明るい義母とは、



俗にいう嫁姑の問題を感じたことはありません。



子供の出来ない私を責めることもなく、



お正月には昆布巻きやなます作りを伝授し、大失敗をしては大笑いし。



帰る日には沢山の食べ物をあとからあとから積み上げて、



これ以上持っていけない!と悲鳴をあげたこともありました。



年に1度か2度、1週間ばかりの滞在ですから、いつもいい嫁でいられます。



末っ子同士の結婚は実家にも婚家にも苦労知らずで申し訳ないです。





子供6人、孫8人、ひ孫4人。そしてそれぞれの連れ合い。



みな、ばあちゃんが大好きでした。



ばあちゃんのまわりにみんなが集まりました。



ばあちゃんは、戦争という大変な時代を潜り抜けながらも、



いつも家族を明るく照らしていました。



そしてついに一生を貫き、役目を終え、命のバトンを次の世代に渡して、



そして、そして、



堂々と皆に愛されて、北海道の大空に旅立っていきました。



042



  ありがとう、おかあさん。



     出会えてよかった。



       ずっと忘れないから。



   心に永遠の感謝の灯がともりました。