オスチンスカヤというロシアのピアニストが録音した LULLABIES というアルバムがあります。



CD に記載されている表記の曲名と作曲家名は次のとおりです。
1  NOTTURNO  レスピーギ
2  BERCEUSE ショパン
3  LULLABY  ショスタコーヴィチ
4  CRADLE SONG チャイコフスキー
5  WIEGENLIED  リスト
6  LULLABY  バタゴフ
7  JIMBO’S LULLABY  ドビュッシー
8  WIEGENLIED  シルヴェストロフ
9  LULLABY  デシャトニコフ
10  BENEDICTUS  シルヴェストロフ
11 SCHLUMMERLIED シューマン
この中から3曲を解説します。

ショパン『子守歌』変ニ長調、作品57

1845年に出版されました。同年には、ショパンの最高傑作の一つ、『ピアノ・ソナタ第三番』ロ短調、作品58も出版され、彼が円熟期にあった作品です。
アンダンテ、8分の6拍子。変奏曲の形式です。
変奏曲は、主題の後、調や拍子やテンポを変えた変奏が続くのが伝統的形式です。
しかし、ショパンの『子守歌』は終始、8分の6拍子も変ニ長調も変えていません。
さらに左手の律動は、最後のカダンス(終止形)二小節を除いて、各小節がすべて主音(変ニ音)の八分音符で始まり、属音(変イ音)の四分音符で終わるという同型になっています。
変奏されるのは旋律だけです。最初の二小節が序奏で、ここで左手の律動の定型が提示されます。第3ー第6小節の四小節が主題に相当します。
この主題が14回変奏される度に変形されてゆき、そこにショパンの成熟した技法が発揮されています。
装飾音、半音階的上行、三度重音による上・下行等が駆使されて、その結果、ショパンの類稀な特質、音の色彩の移ろいが、この曲でも、よく表現されています。その変化が定型的律動と融合しています。
この作品は、ショパンの作品としても、変奏曲としても、稀有の作品と言うことができます。一言で表現しますと、単調です。

チャイコフスキー『子守歌』変イ短調、作品16ノ1(ラフマニノフ編曲)

原曲のチャイコフスキーの歌曲は、1873年に出版されました。歌詞はマイコフによります。この詩は当時、ロシアでよく知られていたものでした。
アンダンティーノ、4分の2拍子です。変イ短調という暗い調を主調としていますけれども、ロ長調のストロフ(節)で光が射します。
曲全体としては暗い色調であることは否めませんが、これはチャイコフスキー自身の特徴というよりも、十九世紀初頭からロシアで流行していたロマンスの影響によるものと思われます。
けれども、暗いと言っても、陰鬱ではありません。そうではなくて、チャイコフスキーの穏やかな優しい真情に溢れている美しい歌曲です。

この歌曲は、ボロディナによるCDで聴くことができます。


ラフマニノフによるピアノ独奏用編曲には疑問を持ちます。特に旋律の処理の仕方です。ピアノ独奏曲としての効果を強めるために派手に書き換えていますが、これがチャイコフスキーの原曲の旋律の美しさを毀損しています。

シューマン『アルブムブレッター』 ALUBUMBLÄTTER から「子守歌」Schlummerlied 変ホ長調、作品124ノ16

Schlummerlied は「子守歌」の雅語です。
『アルブムブレッター』は、1854年に出版されました。1830年代から40年代前半にかけて作曲さた20の小品をまとめた作品です。
当然、他の小品集のような一貫した構想や構成はなく、シューマンのピアノ作品としては重視されることなく、演奏される機会も少ないです。
アレグレット、8分の6拍子。
形式は、通常、大ロンド形式と分類されるものに属しています。ABACABA結尾という構成です。
ロンド形式というのは、主要楽節の間に他の楽節を挿入しながら形成してゆくもので、大ロンド形式は、その一種です。
A : 第1ー第16小節
第1ー第8小節が主要楽想です。
第1ー第2小節が主要動機で、これは温かい旋律を、左手による主和音の上・下行する分散和音が支えています。
この分散和音は、主和音で調を安定させているだけでなく、切分音(シンコペーション)の多用によって、まさしく揺りかごが揺れるような効果を生じています。
第9ー第16小節で、主要楽想が変形されて繰り返されます。
B : 第17ー第24小節
変ロ長調に転調され、曲調が変化するものの、最初の二小節の左手による分散和音を主要動機と同じ音型にしています。
A : 第25ー第40小節
第1ー第16小節が再現されます。
C : 第41ー第52小節
ト短調に転調されます。強弱も、ピアノ、ピアニッシモ、メッツォ・フォルテ、ピアニッシモと変化します。このエピソードの翳りは、不安感の表出のように感じられますが、それは深刻なものではなく、幻想性も希薄です。
A : 第53ー第68小節
B : 第69ー第76小節
A : 第77ー第92小節
結尾 : 第93ー第99小節
女性終止による終止音は、主和音の展開型にフェルマータ記号が付され、余韻を残しています。
この「子守歌」は、主要動機から終止に至る全体が、細心に推敲されていることが窺えます。
構成の均衡感は完全で、旋律の優しさ、温かさ、慈しみ、分散和音を多用した律動の巧みさなど、美しい作品であると思います。

楽譜は、ヘンレ版に収載されています。
シューマンの「子守歌」の、オスチンスカヤによる演奏には、この曲への深い共感が感じられます。

(続きます)