一昨日読んでいたのは、イエスがラザロを生き返らせたお話し。
死後4日たって地中で腐敗しているラザロの身体が甦ったお話しである。
それと、もう一冊。
それは、人は毎瞬違った波動のパラレルワードを行き来しているといったお話し。
同時期に起きた私の体験。
これらはBBSH卒業論文を書くために、資料として読んだ「誰でもわかる簡単な量子論」(題名は定かではないが)のある一節をふと思い出させた。
量子論は当時かのアインシュタインも認めることが出来なかったほど常識を遙かに超えた理論だった。
ネコと爆弾を一緒に入れる。30分後に爆発するかしないか可能性は50%のものを入れるとする。
そして、1時間後にその蓋を開ける。
開ける前に私たちは結果は既に決まっているはずだと思う。ネコは死んでいるか、生きているか。
しかし、ネコは開けるまでそのどちらでもない。結果は開ける前に決まっているわけではないらしい。(といった内容だっと理解したが・・)
これは、全く常識を逸脱する概念だ。
例えば、宝くじの番号は既に決まっているわけではなく、それを見た瞬間にその結果がもたらされる。入試も結果発表が決まっているわけではなく、それを見た瞬間に決定する、となるのだろうか??
この二つに関してはあまりに物質世界に浸透してしまっているので、爆弾の件ほど動かくのはたやすくないのかもしれないと感じるが。
書いている私も摩訶不思議。しかし、すべての現象を論理的に進めるとそれが最も筋道が通っていると結論づけたそうな。
(ただ、私は物理は良く分からないので、その本をどこまで理解したかは不明。ご興味のある方はどうぞご自身でご確認下さいね)
あれれ、~~本題に戻りましょう!
これらをすべて一つの焦点へと集めたら・・
私が先日の問題で望まない結果を強くイメージしていたら、
その波動にあったパラレルワールドにシフトし、結果がそれに導かれて望まない結果の現実が結晶となって現実化し、
神に、あるべき姿に戻してもらうよう全面的に委ねたら、その調和した現実へ着地する
キリスト教徒でない私がラザロの奇跡を全く疑っていないといったら嘘になる。
しかし、地球が平らと信じて疑わなかった時、球体で宇宙にぽっかり浮かんでいることを頭のおかしいペテン士だとされた時代を考えると
もしかしたら、もしかするかも。
少しずつ少しずつ練習してこの身体と心で確かめてみよう。
すべては内なる神を発見する旅だ。