月蝕歌劇団本公演100回記念の「ねじ式・紅い花」。
大好評のうちに幕を下ろしたこの作品、そこ成功の要因のひとつが、シンデンのマサジを演じた岬花音菜さんとキクチサヨコを演じた慶徳優菜さんの好演にあるのは、観た方なら誰も異論のないところではないでしょうか。
「紅い花」に描かれる、どことも知れぬ山村の少年と少女。
古語にも似た方言を使うんですが、この二人のそれが実に自然で、すんなりとその世界に引き込んでくれます。
マサジ役の花音菜さんは、もちろん見目麗しき女性。
月蝕歌劇団14代目ヒロインを張る方です。
それが、見事なまでに少年を演じ切ります。
年の頃なら小学6年生か中学1年生あたり。
サヨコに好意を持ちながらも、ついついいじめてしまうマサジ。
そんな、世に言うところの思春期の複雑で素直ではない少年の心を、あますところなく表現します。
観客の男性諸兄は、在りし日の自分を思い出したんじゃないでしょうか。
月蝕歌劇団の作品には少年探偵団が出て来る関係で、少年役を演じる女優さんがたくさんいます。
しかし、このマサジ役としてここまでしっくりハマる人は花音菜さんしかいないと思います。
強がりで甘く切なく幼く背伸びした男の子。
ダンスが本業の花音菜さん、本業に力を入れる云々と仰せのようですが、是非にも役者業と両立していただきたいところです。
片やキクチサヨコを演じた慶徳さん。
「笑う吸血鬼」以来のご出演です。
あの時は、柴奏花さん演じる宮脇留奈が原作そっくりと話題を集めていたんですが、今回の慶徳サヨコもまさに原作から抜け出してきたかのような少女サヨコでした。
花音菜さんより上背のある佇まいと低めの声が、同い年の男子より大人びている思春期の女子感を表すのに一役買っていたのも大きい。
この二人の描き出す世界が中心にしっかりとあって、それに絡む「ねじ式」「女忍」の世界がリアリティーを持ち始める。
若手から大先輩までうち揃った100回記念公演ですが、MVPは岬花音菜さんと慶徳優菜さんだと自分は思います。
先輩筋の中で、一際異彩を放っていたのは大久保鷹さん。
唐十郎さんの状況劇場の一時代を築いた方。
それが寺山修司の血を引く月蝕歌劇団に登場するのも記念公演の記念公演たる所以でしょうか。
大久保さんの役は、サヨコの爺っちゃん。
サヨコの父親はアル中ですが、その親たるこの爺っちゃんも、酒に目がない。
サヨコが山の茶店で稼いだお金を持ち出しては酒に変えてしまう。
サヨコには町で色鉛筆を買って来てやる、爺っちゃんは嘘つかないよと言いながら、お金は全部酒に化ける。
ついに堪忍袋の緒が切れたサヨコは、店の包丁で爺っちゃんを刺殺してしまう。
大久保さん演じるこの爺っちゃんが中々に癖のある味なんです。
はだけた浴衣姿で酔っぱらいらしいハイテンションな笑顔で、出て来てマサジ途端に笑いが起こる。
ムカシカラ大久保さんを知る人たちは、こんな大久保さん見たことない、と言ったらしい。
朴訥としたサヨコと好対象な爺っちゃん。
でも、最初からそんな明るく危ない爺っちゃんだったわけじゃないようです。
メイキングDVDには、凶悪なアル中男としての爺っちゃんがいました。
ある意味リアルではあるんですが、リアル過ぎてサヨコの話が単なるありふれた悲劇に落ちぶれてしまう。
それが本番では、どうしようもなくダメな爺っちゃん、になったことで、サヨコが舞台の中で逃亡犯ではなく飄々とした存在でいることが出来ている。
どのタイミングで爺っちゃん像が転換したのか。
本羽田の爺っちゃんは大正解だったと思います。
大久保鷹さん、詩劇ライブでは花音菜さん、慶徳さんと一緒に「老人と子供のボルカ」で大いに笑わせてくれました。
「ねじ式・紅い花」はアングラ界の大先達に魅了された舞台でもありました。