あの家で | ラベンダー2012のブログ

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あの家で



母が体調を崩した、という連絡を受けたとき、私はすぐに東京から戻る準備を始めた。

予定をすべてキャンセルし、新幹線に飛び乗った。

母の呼吸が少しでも乱れていないか、声に力があるか、そればかりが気になった。


家に着くと、母は寝ていた。

表情は静かで、けれどその穏やかさの裏に、どれだけの痛みを堪えているのかと思うと胸が苦しくなった。

私はそっと手を握った。細くなったその手が、私を育ててくれた手だった。


そのとき、叔母がいた。

母の妹――私にとっては叔母にあたるその人は、かつて母がすべてを差し出してでも守ろうとした存在だった。


高校生のころ、叔母には革のバッグを買い与えられていた。

母は、自分が布のカバンしか持てなかった記憶を心に刻んでいたのだろう。

「妹には恥ずかしい思いをさせたくない」と、ただその一心で贈ったと聞いた。

コンタクトレンズを壊されたときも、母は一度も怒らなかった。

当時のそれは高価なもので、決して軽いものではなかったのに。


私はそのすべてを、母の優しさとして覚えていた。


そして今、私と叔母は一緒に母の寝室を後にし、玄関を出た。

戸を閉めたその瞬間、叔母は言った。


「……あの家で、死ぬんや」


言葉は静かだった。

けれど、その静けさがかえって鋭く、私の心に突き刺さった。

私は一歩も動けなかった。何かが崩れる音が、自分の中で聞こえた気がした。


母は、父が亡くなったあと、2人の子どもを育てるためにこの家を守ってきた。

贅沢はできなかった。家に金をかける余裕などなかった。

でも、あの家には母の努力が、苦労が、そしてたしかな愛が染み込んでいた。


叔母は芦屋の瀟洒な家に住んでいる。

高い天井、大きな窓、美術館のように整えられた部屋。

けれど、そこにあるのは「豊かさ」だけだった。


母の家には、人生があった。

それを、「あの家で死ぬ」というたったひと言で切り捨てる。

しかも、姉を案じて駆けつけた娘の目の前で――。


私は黙っていた。

言い返す気力も、涙を流す余裕もなかった。

ただ、母の手の温もりを思い出しながら、心のなかで叫んでいた。


許せない。絶対に。