ゆうきゆう先生の人生相談で、なるほどなぁという回答を読んだ。
よく、何かをして罪の意識を感じて、正直に告白しようと思うことがあるけど、それは罰じゃなくて、「良心の呵責」から逃れたいだけ、とあります。また、

>もしあなたが「罪」だと思っているのなら、
>「相手を幸せに過ごさせるために、それを一人で背負っていく」
>ことを「罰」として考えて下さい。

秘密は一人で守り切るのが「罰」、すごく得心がいった。


http://woman.mag2.com/kirokiro/20091015.html


英米の文学を読んでいると主人公があれこれチャレンジしてうまくいくと、そこにず~っといることはなくて、「ここはもう十分」といって次のチャレンジを求めて旅たつというストーリーが多いことに気付く。

子供心に、うまくいったならそこでもっと続ければいいのにどうして次の目標を探すのだろうと不思議に思っていた。
いろいろな理由があるのだろうけど、なんとなく次の目標を探したくなる気持ちが分かってきた。

困難に挑戦してやりとげるのが楽しみであり、平穏な日常の積み重ねでは物語になりにくい。

人生は旅であり、変化が必要である。


変化が感じられなくなったら、それは何か問題があるのだと思う、そうなったら意識して変化を感じるか、もしくは自分を変えたり、環境を変えるしかないのであろう。

新しいことにチャレンジするためには、もう十分やったありがとうと思い、やめたり、捨てることが必要なのだろう。

Let's try.




という一方で、長く続けて成長したり、変化していくのも、捨てがたい楽しみ。
あ~つくづく、わたしって欲張りだと思う。(笑)


暇があると石けんのことを調べている。
そしてついつい、手作り石けんの記事を読んでしまう。
石けん作りには、劇物の水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)がほぼ必須。
薬品の取扱いには慣れているけど、家に劇物を置いておくのは安全上大きな問題があると思うのでイヤ。

でも、カラー写真で見る手作り石けんはきれいで、いいなぁと思ってしまう。
やればできるけど、でもやらない。
多くの場合、しない後悔としてしまった後悔なら、した方がいいというしそう思うけど薬品にまつわる事故は悲惨だから、絶対イヤ。

写真を見て欲求を満たそう。

あまり見ることはなかった。
きっと、家の中にいるんだろうな。

写真は赤坂の路地裏で見つけたネコさん。
首輪をしていたから、飼いネコさんですね。


冬彦のブログ-東京のネコ


東京、クルマも多いけど、歩いている人も多い。
田舎じゃ、ほとんどクルマ。歩く人は少ない。
ほとんど歩かないから、みんな薄着。
いっぽう、東京の人はちょっと厚着。
先週の気候でも、コートを着ている人が3割くらいあった。