前回に引き続き、ちょっとアレなことを遠まわしに書きます。

20代はじめの頃の楽しみの一つが遠くまで飛ばすこと。
新聞紙を四畳半の部屋にガサガサと並べて、はじに椅子をおき、下半身、裸になって座ります。
お気に入りの写真集を見ながら、右手を動かして発射させます。
いろいろなバランスとタイミングで到達距離は変わるのですが、おおよそ2~2.5メートル程度飛びました。
ときには1メートルに満たないこともあり、そんなときはせっかく発射したのにがっかりです。(笑)


きょうは少し、具体的じゃなくてぼかした書き方をします。

朝、固くなる。
それだけで、幸せを感ずることがある。
以前には感じなかったことだけど、年を重ねることで感じ方が変わった。

これからも、また感じ方が変わっていくのだろうなぁ。


わたしにとっての判断基準はそれが美しいかどうか?
美しければOK
美しくなければNG

もちろん、OKとNGの間には無数の妥協点があってOKじゃないから、ダメということはない。
でも、美しければ知りたい、味わいたい、手に入れたいと思う。
そして、自分自身も美しい存在でありたいと思う。
肉体的な美しさやファッションではなく、判断であったり、考え方。
人の心の弱さや醜さを承知の上で、美しさを目指していきたい。


人から認められたいと思う「承認欲求」があるという。
わたしにも、あってなにか上手にやって、良くできたねと誉められたいと思っている。
たぶん、わたしがいろいろな運転免許を取り続けているのもその欲求の表われの一つだと思う。
合格の瞬間、達成感だけでなく誉められた思いがする。

まぁ、ふつうに生きているとなかなか人に認められる事は少ないと思う。
上司やお客さんから感謝されればいいのだけど、美点より欠点の方に目が向きなかなか人を誉めるということはなかったりします。
認められたい、誉められたいという欲求があるということを知っておけば、満たされなくても耐えられると思う。

それにこの「承認欲求」ってどこか、依存的で子供っぽい感じがする。
自分は人の中にあってこそと思いつつも、自立していたいとも思う。


今のわたしの体重は、二十歳の頃に比べて15キロくらい増えている。
あの頃は、がりがりといっていいほど痩せこけていた。

先日、そんな細く痩せた青年をみかけた。
スマートというのじゃない。太っているよりはいいのだろうけど、ぜんぜん魅力を感じない。

脂肪でもいいから適度にお肉があるほうがいいなぁ。
毎週、プールへいって裸の男性をみているけど、セクシーな男ってほとんどいない。
前に見事なお尻をシャワールームで見て、触りたくなってしまった。(笑)