昨日逝去した従兄弟のことで、
遠方ということもあり、お悔やみに参る代わりに、
後日、お供え物等を送ることになりました。
それで、それに添える手紙を書いたのですが、
感情の言語化が分かるようになって、
訥々とですが、文字に出来るようになりました。
すごく悲しいと思っていること
叔父や叔母の悲しく寂しい気持ちを考えると、言葉が思い浮かばないこと
一番辛い時に傍にいられないことを、申し訳なく思っていること
どうか気を落とさないようにしてほしいこと
相変わらず接続詞が上手く思いつかなくて、一文一文書いてしまったり、
従兄弟とは小さい時に一度会っただけで、その人となりが分からないので、叔父や叔母に向けての言葉になってしまいましたが、
それでも、自然に感情語が出てきたことは、自分にとってはすごく良いことだと思いました。
物理的には離れていても、文章を通して気持ちに寄り添うことが出来ればと思います。
前置きが長くなりましたが、
うちの家からこの手紙を出すので、清書したものを母に見せたところ・・・
「文字が上手く書けていること」
今までと同じ答えで、
実際、加齢と共に目が悪くなるので、文字も以前より書きにくくなるようではありますが、
その時、やっぱりそうなのか・・・
表現について触れないのは、
母自身も、感情の言語化が分からないからなのだな・・・
と納得すると共に、
私の中で満たされなかった原因、その正体の1つは恐らく、
共感
なのではないかと思いました。
父も同じように感情の言語化が難しいので、
何だかえらい家に来てしまったな・・・
せめて、どちらか1人だけでもそれが分かっていれば、私の人生ももう少し違って、精神面で自由に生きられたかも知れないのに・・・
今後の私の課題の1つは、一番身近な存在に対して、未だに満たされずにいる「共感」を求めないようにすることかも知れないと思います。
そうすることで、満たされない思いを埋めるように、仕事とかを中毒のようにやり過ぎたりすることも止められるかもしれないと思います。
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