私のブログにも、つい先日書いたばかりですが、
大阪教育大学名誉教授の竹田契一先生のお話の中に、
『メタ認知』
が出てきて、
ヒト社会の中で上手くやっていくのには、
やはりこれに尽きるんやな~と改めて認識しました。
感情を出すとか、
ありのままにとか、
と良いことのように聞こえても、どこかで頭打ちになるのは、
メタ認知について書かれた本の言葉を借りると、
社会脳
これが備わっていないからだと思いました。
このセミナーを通して一つ、怖いなと思ったことは、
先天性の発達障がいでは無いのに、
成育歴から派生した後天的擬似発達障がい、
脳の機能不全ではなく、
思考を束縛されたためパターンが単一、
教わらなかったから知らないだけ、
という私たちのような人も
障がい者にされるのではないかという気がしました。
私としては、先天性の障がいでなければ、出来るようになる思考もあるのではないかと思っています。
参考になった内容としては、これも、メタ認知が関わるのですが、
就労支援のNPO法人クロスジョブ代表の濱田和秀さんが、
何が不安なのか、何にイラっとしたのかを聞き出し、本人もそれに気づくことで、最終的には、
「どのような配慮があれば、その仕事をすることが出来ます」
と言えるようになること、と仰っていました。
また、竹田先生も、発達障がいは治らないので、
出来ること/出来ないことを本人が気づくことが大切だと仰っていました。
メタ認知が出来ないということは、自己を客観視出来ないことから、
何が不安なのかを自分で捉えるのが難しいので、
それに根気よく付き合ってくれるサポーターがいることは、すごく大事だと思うし、
先天性の発達障がいでなくても、全部完璧に出来る人はいないので、
自分に出来ること/出来ないことに自分で気づいて、上手に伝えることができれば、社会の中で生き易くなるのだと思いました。
追記
濱田さんのエピソードの中で、
あるある!
と思ってしまったお話がありました。
その方が受け持たれた方との会話の中で、
「(似た境遇の)◯◯さんは、苦労されてますよね・・・」
と言ったところ、暫くしてから、
「じゃあ、私は苦労してないというのですか!」
と怒りの電話が掛かってきたそうです。
これは、認知の歪みだそうですが、
私もこれで、何度も嫌な思いをしました。
「私は、努力が足らんて言いたいん?」
でも、これは、濱田さんのお話でいうと、あくまで◯◯さんのことであって、
必ずしも、比較されたり、非難されたりしている訳ではない、
一般的にそういうもんやと思っておけば良い
ということを学びました。
カウンセリングを受けてた時も、似たようなことがあって、
その時も、責めてないと言われたのですが、
自分の中ではどうしても、一般的な感覚として捉えるのが難しくて、信じられないままだったのですが、
濱田さんも同じことを言ってるのだから、そうなんだろうなと思います。
あ・・・早くメタ認知出来るようになりたい。
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