☆アダルトチルドレンの思い出☆
最近、聴覚情報のみでの理解の困難さについて書きました。
フツウの人でも、メラビアンの法則にあるように、視覚>聴覚>言語であったり、
NLPでいうと、VAKのVが分かりやすかったりします。
私自身、あまり自覚していないのですが、
フツウの人以上に、聴覚情報だけでは理解出来ていなくて、
客観的な情報だけのときも、他者の主観が混ざるときも、分かり辛くて、
本当は視覚情報をものすごく頼りにしていて、
たぶん、会議とかで、その後にノートのまとめ直しをしているのとか、自作でマニュアルをわりとキレイに作ったりできるのは、恐らくそういうことの表れなのだろうな?とか、
視覚情報で補完しているにも関わらず、自分ではフツウの人と同じように理解出来ていると思い込んでいるから、
他者からすると、視覚情報がないと分かりにくいという状況を理解してもらえないし、
フツウには、聴覚情報だけでも理解出来るので、何故理解出来ないのかが分かってもらいにくいように思います。
以前、感情面でのインターフェースを作成したいと言っていたことがありましたが、
その前に、他者の主観・客観情報を受信する機能のインターフェース(自己が何を受信したかをとりまとめする機能の補完)につい て考えてみようかと思います。