☆アダルトチルドレンの思い出☆
今、本を読むことが、徐々にではあるけれど、
苦痛
という感覚が薄くなっているように思います。
本を一人で読めるようになってから、本を読むこと自体は、特に「好き」とか「嫌い」という感覚は無かったように思いますが、
たぶん、「自身がどう思う」という感覚がよく分からないので、
本を読むこととか、他のことでも、
つまらない
というのが、一番近い状態ではないかと思います。
では、何故
苦痛
が減ってきているかというと、
『鬼トレ』とか、
昨年、久しぶりに検定試験の勉強で、法律やガイドラインなどの難しい文章を読む機会があり、
要は、集中力が付いてきた
というのも大きいと思いますが、
昔から、
繰り返し作業は、飽きることがなくて、
今、昨年読んだ本をまた再び読んでいるのですが、
内容を薄ボンヤリしか覚えていないのに、
今読むと、何となく前より引き込まれている気がしています。
そこで、これと繋がりのある事柄として思い出したのは、
小学校の宿題で、
好きな作品の音読や、
リコーダーの練習は、
何回やっても飽きなくて、
未だにストーリーを覚えていたり、
音符を口ずさめたり。
読書はつまらなかったけれど、
一旦気に入った本、
学級図書に置いてあった
オバケのアッチ君シリーズ『スパゲッティが食べたいよ』
歴史マンガの『卑弥呼』
は、休み時間になる度に読んでいて、
アッチ君が、スパゲッティの匂いに誘われながらフラーっと飛んでいて、シッポがフォーク型で可愛かった挿し絵とか、
卑弥呼が、中国からの貢ぎ物を見ていて、「パンダは無いのね?」と言っているシーンとか、
今でも覚えています。
昨年、検定試験の勉強中、シツコイほど繰り返しテキストや問題集をやり込んでいたことを思い出し、
繰り返し作業は、私にとってはあまり飽きない作業で、
東田直樹さんの本や、岸見一郎さんのアドラー心理学の新書を読んでいたとき、
だったら、飽きるまで読んでみたら、どうなるだろう?
と思うようになり、
今までは、一回読んで終わり
読書って、漠然と何かそういうものと思っていましたが、
何度読んでいるうちに、内容を覚えてくるので、今読んでいる部分の先、
そうそう、こういう話に繋がっていくんだ
と、頭の中が空白になることがないので、すごく安定しているというか、
そういうことが、集中力にも繋がっているのかなと思います。
ちなみに、今は、
『子どもの発達と脳科学』
3人の大学教授によって書かれた論文形式の本です。
表現が難しくて、状況を想像するのに時間がかかるので、分からないままのところもあるし、ゆっくりとしか読めませんが、
昨年、Newtonの『脳力のしくみ』を読んでいたので、知ってる部分が増えてきて、読むのがしんどいとは思わなくなりました。
これも、飽きるまで読んでみようと思います。