☆アダルトチルドレンの思い出☆
他人のコンピュータを踏み台にして、人々を震撼させるような脅迫文を送りつけた犯人が捕まりました。
今回の件で、ろろみぃが興味を持ったことは、人の視線の感じ方です。
その犯人は、以前の裁判で、過去にいじめられていた事や、飲み会で、皆と調子が合わず、引きこもりになったと言っていたそうです。
このことからすると、恐らく、人の目が怖かったはずです。
なのに、江ノ島では、その人目を気にせず、堂々と?防犯カメラに写ってしまいました。
これは、一体どういうことなのでしょう?
この矛盾の原因は、人との関わり方の“質”に関係するのではないかと思います。
狭い世界では、すごく見られているように感じてしまうけれど、実際には、皆はそれほど気にしておらず、
逆に、広い世界に出ると、自分のことなんて、誰も見てないや!と思って、世間一般と解離した行動を平然とやってしまうが、かえって人目についている、
だけど、本人は見られていることに気づいていない。
そんなところでしょうか?
と言うことは、フツウの人は、
広い世界においての、人の目(一般的な物の見方・考え方)を意識している
と言うことができると思います。
つまり、視野が広いということになると思います。
その広い視野を持つためには、どれだけの人と
気持ち(感情の言葉)を交わし合えるか、
が大切だと思います。
当然、引きこもっていては、喋る機会も殆どないですし、
例え、どんなにたくさんの人と会う機会があっても、感情の言葉が使えない、それがどんなものか理解できなければ、視野は広くならない気がします。
視野を狭めた原因が、本当は何なのか、当人にしか分からないことですが。
何が怖かったのでしょう?
そう感じた時に、本当に言いたかったことは何なのでしょう?
伝えられない思いが、後に歪んだ形でしか表現できないことのないように。
感情表現について、学ぶ機会を持つことができ、また、それを教えられる人がいると良いのにと思います。