☆アダルトチルドレンの気付き☆
ろろみぃがピカピカの短大生
になりたての頃、一番初めの授業で、先生は黒板にこう書かれました。
confront
先生はこの言葉の意味について、「向き合う」と仰ったことは覚えていますが、「何に」向き合うと仰ったのか、ろろみぃはよく覚えていません。![]()
当時のろろみぃは、「世界で困っている人のために、その困難に一緒に向き合う」ことを想像していたように思います。恐らく、その学校が、英語を重視していたり、宗教観を取り入れていたりしたことも影響していたのだと思います。
その後、ホームレスの人たちのために、ソーシャルワーカーとしてお仕事をしておられた卒業生の方が講演に来られた時にも、この言葉を思い出すと共に、ろろみぃも、先輩のようにありたいと思ったものでした。
それから、ずいぶんと年月が経ちました。最近、当時のクラスメートとお話をする機会があり、ふとこの言葉を思い出しました。
そして、ろろみぃが今、confrontすべきなのは、
「ろろみぃ自身が抱えている困難」なのではないか?
と思いました。なぜならば、この困難のために、お仕事で迷惑を掛けてしまったことが
たくさんあったからです。
ろろみぃは上手に感情が出せないので、困っていても「助けて」や「どのように助けて欲しい」を言えないことが多いです。その反面、人が困っている場合は分かる時があるので、ろろみぃの仕事を後回しにしても、無理をしてでも、その人のことを最優先に手伝っていたことが何度もありました。しかし、その優先順位は、ろろみぃの基準なので、お仕事の仲間には、ろろみぃは自分勝手に映っていたと思います。
この自分勝手な衝動について、ろろみぃは、尽くしても尽くしても、全然満足感がありませんでした。最近は、満足感が得られない限り、永遠にそのような人たちに干渉し続けなければならないのではないか?という漠然とした不安もありました。
「困っている人のために何かしなければいけない」という衝動は、ろろみぃが、ろろみぃママから教わった「道徳観」から来ていることもありますが、本当は、「ろろみぃの困っていること(生き辛さ)を助けてほしかった」ように思います。見返りを求めない奉仕の精神と思っていた筈が、心の底では見返りを求めていたのだと思うと、とても恥ずかしいです。![]()
だから、今後はそのような無理をしなくても良いように、まずは、ろろみぃが困っているときに「助けて」と言えるように、ろろみぃの困難に向き合って一つ一つ解決していきたいと思います。その上で、他者の困難にもconfrontできるようになりたいです。
末筆になりましたが、大切な言葉を教えてくださったU先生、有難うございます![]()