作:矢島正雄 画:弘兼憲史「人間交差点(18)」 | ロロモ

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テレビスタッフと打ちあわせる脚本家の丸丘。「我々にとって絶対に必要なものなんて、もうないんだ。だから、必要なものを売る時代じゃない。そんな時代じゃないんだ。何も必要としない人間に新しい必要なものを作って売る時代なんだ。それが現代の一流の商売だ。女だってそうさ。終戦直後とは違うんだ。そりゃ昔ならいたかもしれん。相手の男の幸せに身を引くってタイプの女がね」

「しかし、丸丘先生、どうでしょうね。いくら、昔とは言っても、そんな女は映画や小説の中だけで、本当にいたかどうか」「私としては、より現実に近い女性像を作りあげたいんだ」「そういう女を主人公に書き直していただけるわけですね、丸丘先生」「ああ」(自分ではそういう女を書いたつもりだった。六十歳だ。もうそろそろ限界なのかもしれんな。最近、どうも話すことと書く脚本が妙にチグハグになっている)

丸丘のところにファンだという若い娘が訪れる。「君、脚本家志望なの」「いえ、先生に私の体験談を買っていただきたいんです」その体験談は、高校入学のときに用意する戸籍謄本を見て、自分が私生児であることを知り、グレ出した。しかし、翌年、たった一人の肉親である母親が死に、今は夜間高校に通いながら、スーパーの店員をしている、というものだった。

「ドラマになりませんよね。先生なんかにしたらよくあるつまらない話でしょうから」「いや」若い娘は「女子高生 その転落と死」という脚本を見つける。「これ、先週の二時間ドラマの脚本ですね。私、見ました。そう言えば、今聞いていただいた私の体験談にちょっと似た話でしたね」「そうだったかな。数多くやっていると自分の書いたものも忘れてしまうよ。そうだ、ビデオがある。よかったら見ていきなさい」

若い娘は「女子高生 その転落と死」を見始める。本当はこの作品はお気に入りの作品なんだ、と思う丸丘。(ストーリーはともかく、自殺する女子高生の母親役の女優が、昔、私と関係した下村ゆう子という女によく似ているからだ。あれは確か十七、八年前になる。ゆう子は私が仕事でよく使っていた旅館に住み込みで働いていた。初めて会ってから、一年ほどで私たちは深い関係になった)

(私はゆう子に強く惹かれていったが、それから半年して、突然ゆう子は私の前から姿を消してしまった。ただそれだけの女であったが、私はその後もゆう子をなかなか忘れることができないでいた。そのせいか、ゆう子に似たこの女優を私はよく使うことがある。脚本家なんてのは、そういうことが多々あるんだ)

若い娘はドラマを見て涙する。(今時、テレビドラマを見て、泣く女の子がいるのか)観終わって、思わず泣いてしまったという若い娘。「ラストで女子高生が自殺してしまうとこが私の体験と違う。でも他は驚くぐらい似てました。これじゃ私の体験談は役に立たないわ」「君の体験は本物で、私の書いたのはフィクションだ」「どうして殺しちゃったんですか」

「スタッフと打ち合わせて死んだほうが現実的だとなってしまったんだ。私としては、彼女を更生させたかったんだ。テレビというのはそういうところがあるんだ」「じゃあ、先生は本当はこの娘を立ち直らせたかったんですね」「そりゃそうさ。この娘が強く立ち直ってこそ、前半のつらい過去のシーンが生きてくるんだ。また、そうしてやることが作家の良心じゃないか」

にこりとする若い娘。「じゃあ、私、そろそろ帰ります。さようなら」「待ちなさい。君の名前は」「下村由紀」「え、下村?」「嬉しかった。先生は本当は最後にこのドラマの娘を更生させようとしていたのを知って、本当に嬉しかった」泣く由紀。「君は、下村ゆう子の娘なのか」「さようなら」「あ、ちょっと」

走り去る由紀を追う下村。(バカな。そんなことがあってたまるか。たとえ、あの娘が下村ゆう子の娘だったとしても、私の娘だという確証はない。そんなことはある訳ないんだ。あの娘が私の娘だったら、下村ゆう子は何故私の前から姿をしたんだ)

由紀を見失う下村。(それは妻子ある私との子供が出来たからなのか。まさか。現代にそんな女がいるわけないんだ。そんな時代じゃないんだ。みんな充分満たされていながらも、さらにより満たされるために生きている時代に、そんな凄い生き方をされてたまるか)

冷静になり一服する下村。(とにかく、次に下村由紀に会う時には、それなりの言葉が言えるよう考えておかなければならない)