津野浩は高知商では甲子園に3回出場。2年生の時、1982年春のセンバツでは2回戦では先発に起用されますが、郡山高に1対5で敗れ、同年夏の甲子園では1回戦で安積商相手にリリーフ登板し。2回戦で東海大甲府高に敗退。1983年夏の甲子園ではエースとして出場し、3回戦で箕島高戦で満塁本塁打を放つなど、この大会では準々決勝に進みますが、PL学園に9対10の接戦で敗れます。
1983年ドラフト3位で日本ハムに入団し、1985年から3年連続で開幕投手を務めるなどローテーション投手として活躍しますが、1990年からは肘の故障から低迷。1991年オフに金石昭人との交換トレードで広島に移籍し、広島では1試合投げただけで自由契約となり、1992年オフに中日に入団し、1994年オフに金銭トレードでロッテに入団し、1997年限りで現役引退となり、通算231試合に登板して53勝71敗0セーブ防御率4.61をマークしたわけです。
10位は12試合に登板して0勝0敗0セーブ防御率6.55だった1996年。9位は10試合に登板して2勝1敗0セーブ防御率6.32だった1991年。8位は13試合に登板して0勝6敗0セーブ防御率6.75だった1990年。7位は27試合に登板して3勝3敗0セーブ防御率3.22だった1993年。6位は18試合に登板して4勝8敗0セーブ防御率6.64だった1984年。
5位は31試合に登板して7勝10敗0セーブ防御率4.42だった1985年。4位は26試合に登板して8勝13敗0セーブ防御率2.92だった1988年。3位は26試合に登板して8勝9敗0セーブ防御率5.10だった1987年。2位は30試合に登板して10勝10敗0セーブ防御率4.50だった1986年。1位は28試合に登板して11勝11敗0セーブ防御率5.50だった1989年となるわけです。