身体は語る
続いて叶崎の寿司が出される。叶崎は予想とおり、尾の身を使う。「ふうむ。関口将太の赤身肉に対して、叶崎はクジラのトロと言うべき、尾の身を使って勝負に出たか。しかし、尾の身をそのまま握っては、勝目はないぞ。なぜなら、クジラ肉には寿司に不向きな二つの特徴。独特の臭みと酢飯になじまぬ固さという二つの欠点があるからじゃ。関口将太はクジラを一週間熟成させて、肉質を極限までやわらかに仕立てて、海水によって臭みの元である血液を完全に抜きおった」
叶崎はクジラをタタキにし、キッツケの横ハラに細かな隠し包丁を入れていた。「この隠し包丁が、クジラの固い筋繊維をみごと断ち切り、クジラの肉を酢飯にぴったりの柔らかさに仕上てあるのじゃ」叶崎の寿司は完璧な美味さを誇っていた。その秘密はしその葉にあるという叶崎。「しかし、出来上がった寿司にはそんなもんなかったぞ」「こうしたんや」叶崎は七輪の上にワラをのせて、細かく切ったしその葉をワラの上に投げ入れ、その上にクジラの肉をかざす。
「なるほど。しそをそのままクジラに加えては、舌に刺激が強い。だからこそ煙でいぶして、香りだけをつけたのだ」叶崎の工夫に感心する将太であったが、どうして叶崎の寿司がそんなに美味いのか理由がわからない。はっはっはと笑う叶崎。「クイズや。クジラは肉か。それとも魚か」「もちろん、クジラは肉です」「なら、お前は普段、肉をどうやって食べるんや」「え。それは焼いたり、カツにしたり。あとは野菜と炒めたりして」
そこで、はっと気づく将太。「肉は火を通した時のほうが、生よりもずっとうまいんやき。熱を加えることで脂がうまい具合に溶け出して、生で食うよりずっと旨味成分が活性化するんや。もとより課題が寿司である以上、生の歯ざわりや風味も捨てがたい。そやから俺はクジラ肉をタタキにして、焼いたものと生の味の両方が味わえる寿司に仕立てたんやき」「そうだったのか」クジラ勝負は文句なく、叶崎の勝ちとなる。