東京
成田空港に到着した深町を迎える宮川。「おい、なんでそんなに急ぐんだよ」「話は後だ。事情は車の中で説明する」羽生丈二が日本で大変なことになっているという宮川。「あの男がネパール政府の定めた規則を破って、エベレストの登頂を狙ったことが大きな話題になっているんだ。羽生が生きていてそういう企てをしたことを、まず山岳関係者が動いた。エベレスト南西壁冬期無酸素単独登頂。そのテーマそのものにも話題性があったからな」「……」
「そして決定的だったのは、規則を破ったあげく羽生が帰ってこなかったこと。つまり羽生が死亡したことが業界だけも話題としてとどめておかなかったのだ。海外の山での日本人の遭難事故で、それがある程度の知名度を持った人間なら、一般紙の記事の対象となる。これだけ話せばわかるだろう」「ああ。俺の名も出たということか」「そうだ。羽生の登攀に同行したカメラマンも話題になっている。このまま自宅に帰るととんでもないことになる。新橋のホテルに部屋がとってある」
深町を新橋のホテルに押し込めた宮川は羽生関係の雑誌や新聞のコピーやニュースのビデオを渡す。それらのほとんどが羽生の登攀を批判するものであった。「あまりにも無謀な計画であったというコメントがよせられています」「もう年齢的にピークを過ぎたクライマーですからね」「南西壁を冬期に、しかも単独無酸素なんて、とても考えられませんね」「売名ですよ。単独と言っても、カメラマンが同行したんでしょう。羽生もこれでひと花咲かせて、復帰させたかったんじゃないですか」
みんなデタラメだ、と憤慨する深町。「誰も羽生のことをわかっちゃいない。何も知らない人間はあの羽生に何をコメントできるのか。羽生はもっと別のもののために南西壁をやろうとしたんだ」
翌日、ホテルに現れた宮川は、深町に本当のことを書けよ、と言う。「羽生の南西壁の真実を。お前、何のために羽生の写真を撮ってきたんだ」「俺は怒ってるんだ。やるよ、宮川」宮川にマロリーのカメラを見せる深町。「すごい」「書くよ。あのつまらんコメントをした連中に教えてやるんだ」