ローズマリー
桑田に何をしているのと聞く美和。「花の観察をしてるんだよ」「面白いの?」「うん、面白いよ。この花は一日だけ咲いて、しぼんじゃうんだよ」「ふーん」
緑山家裁から転任した桐島に、説明する調停委員の橋本。「夫が37歳、妻が36歳、妻の側からの離婚申立てです。一年前、妻が長女を連れて家を出たまま、別居状態になっています。性格の不一致が理由と思われます。ま、煎じつめていくと家事労働の問題でしてね」「家事労働?」「ただで主婦をするのは馬鹿らしい。そういうことですよ」
調停委員の川村に話す夫の杉本渡。「妻は娘が小学校に上がってからパートタイムで働くようになりましてね。いくらか自分で稼げるようになったものですから、自信がついて家を出る気になったんですよ」「しかし、奥さんが友達とのサークル活動に参加されるのに反対なさって、揉めたそうですね」「子供がいて家族を養うために働く夫がいるんです。趣味のために夜、家を空けるのは非常識でしょう」「毎晩と言うわけでもないのに」「こっちは残業でくたびれ果てて帰るんですよ。帰って妻がいなければ腹も立つでしょう」
桐島に愚痴る橋本。「近頃、こういう女性が増えましたな。自立だなんだと言って、男の仕事の辛さを考えてもようともしない。まともな離婚の理由なんて、ないんですからな」「……」
学校をさぼったのかと美和に聞く桑田。「お家に電話してあげようか」「いい。今、誰もいないから。美和のお母さん、働いてるから、美和、お風呂沸かすんだ」「えらいね」
調停で離婚は認めないと主張する渡。「第一、私にどんな落ち度があるんですか。給料を渡している。浮気もしたわけでない。暴力も振るったこともありませんよ」「しかし、これまでにこじれた関係を元に戻すのは大変ですよ」「歩み寄れと仰るなら、妻がそうすべきです。私はこれまで暮らしてきたようにやってもらえば、それでいいんですから。結婚して子供まで産んでおきながら、突然家を出ていって人生を変えたいから、養育費をこちらに払えと言うのでは、あまりにも身勝手ですよ」
妻の杉本徹子に性の問題はないかと聞く桐島。「そういうことが原因で夫がいやになることはありませんでした」「でも、別居までされるからには、何か大事なことが起こっているはずですね。何かあなたが傷つくような」「そんなの。いつもあったから」
これはローズマリーと言うんだと美和に話す桑田。「葉っぱを刻んでお茶を作ると、気持ちが元気になるんだよ」「ふーん」
形から言うと確かに夫に落ち度はないと桐島に言う今西。「じゃあ、橋本さんの言う通り、女のわがままなのかしら?」「でも、妻の杉本徹子の夫に対する不信感は大きいようです」「うーん、どう料理しようか」「え」「とにかくこういう問題は明るく考えなきゃダメなの。ある人にそう教わったの」
あなたの立場は不利ですと徹子に言う今西。「わかってます。結局、裁判所も離婚自体は嫌いなんですね。よっぽどひどい目に遭わなければ離婚させてもらえないんでしょう」「杉本さん、今日、桐島判事とお会いになりましたよね」「ええ」「彼女はあなたの離婚の賛成だそうです」「え」「理由がなくても離婚して幸せになれるなら応援するそうです。ただ、ご主人に反発するだけの離婚では仕方ないと思います」「反発するだけの離婚?」「違いますか」
毎晩言い争いばかりしていたと言う徹子。「夫は私が主婦同士の市民団体で、食品添加物廃止の運動をやっていたのが気に入らなかったんです。夫の職場は関係ないのですが、会社の別の部門で食品会社と関係が深かったらしいんです」「ご主人は会社に何か言われたんですね」「ええ。でも夫の勤めている会社の都合に合わせて、家族まで自由のものを言っちゃいけないんだったら、奴隷と一緒じゃないですか」「……」
「そんなこともわからない人と暮らしていたのかと思ったら、急にイヤになって」「だとしたら、なおさら離婚後にどう生きるかが大切じゃないんですか」「え」「楽しい生き方を準備してますか」「……」「それを考えないうちに何も考えても苦しむだけだと、桐島判事があなたに伝えてほしいと」
そうですねと呟く徹子。「先の生き方から考えなきゃダメですよね」「……」「ハーブティ、お飲みになります?うちの子が採ってきたんです」
桐島に聞く桑田。「緑山の篠原書記官はお元気ですか?」「ええ、庭の手入れを楽しそうにやってらっしゃいますよ。桑田さんのおかげで、老後のいい趣味ができたって」「懐かしいですねえ」桑田に声を掛ける美和。「おじさん」「やあ、学校行ってる?」「うん。あの葉っぱでね、お母さん、元気になったんだよ」「そう、よかったね」「じゃあ、さよなら」桑田に聞く桐島。「どこの子ですか?」「さあ」